静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ ”文化の日”の呼び名を消そうとする一派? ≫  明治150年:全面肯定の歴史ではない! 司馬史観の罪は 実に重い

2017-11-03 09:12:09 | 時評
◆ 【毎日社説】文化の日の改称運動 復古主義と重なる危うさ https://mainichi.jp/articles/20171103/ddm/005/070/041000c?fm=mnm
・ <戦前の11月3日は「明治節」と呼ばれる祝日だった。明治天皇の誕生日に由来する。 戦後に名称が変わったのは、新憲法制定時の首相、吉田茂がこの日を公布日に選んだためだ。
  公布から半年後の5月3日が自動的に憲法の施行日になり、両日はともに憲法を母体とする祝日になった。>  ここまでは知っている人も少なくないだろう。
・ <ところが、数年前から11月3日を「明治の日」に改称させるための政治活動が目立ち始めた。2011年に結成された明治の日推進協議会には、右派団体「日本会議」系の人びとが
  数多く名を連ねている。見過ごせないのは、安倍晋三首相と思想・信条が近い政治家が積極的に運動を後押ししていることだ。 稲田朋美元防衛相は先週末に開かれた関連の
  シンポジウムに対し「私も明治の日創設の法律化に向け、同志の皆様と手を携えて全力を尽くします」とのメッセージを寄せた。>

・ <なぜ彼らはこれほどまで明治の日の制定にこだわるのか。 推進協議会は、祝日法が文化の日の意義として示している「自由・平和・文化」について「特定の一日とあえて結びつける
  必要があるのか」と疑問を投げかけている。
   ただ、それ以上に活動を支えるのは現行憲法に対する拒絶感だ。すなわち憲法は占領軍による「押しつけ」だから、憲法と密接な文化の日も葬り去りたいのではないか。>

憲法改正による戦後レジームからの脱却を訴えてきた安倍首相らの考え方と根っこは同じであろう。明治時代への漠としたノスタルジーや戦前回帰の感覚がそこに連なる。 
衆院選で勝利した首相の最終目標が改憲であることは間違いない。しかも、来年は明治維新から150年の節目であるため、首相は「明治の精神」に学ぶ機運と改憲を絡めて盛り上げようとする可能性がある。
 ⇒ 私も社説子の推測が当たっていると感じる一人だ。安倍晋三が「日本を取り戻す」と言う時、其の日本とは<明治維新以来1945年まで80年弱続いた大日本帝国>である。現在の此の国である1946年以降の<日本国>ではあるまい。 『明治の日』創設の次は、5月3日<憲法記念日>の抹殺ではなかろうか?

  何故なら、日本会議に連なる一連の国粋主義者たちにとり、<戦後の日本国は敗戦の恥辱にまみれた情けない国>でしかないし、其の象徴が”米軍に押し付けられた憲法”であり、
  ”文化の日”と名づけられた本日11月3日が新憲法施行日であるためだ。 これは極めて明瞭な 現行憲法への反逆精神そのもの というべきだろう。
   こういう思想の持ち主たちに支えられてきたのが自民党中心の歴代政権であり、先の総選挙で再び絶対多数を彼らに与えたのが有権者である。 

”明治の人々は偉大だった。今の日本の基礎を作ってくれたのだから”・・・・此のぼんやりとしたイメージ作りに貢献したのが、かの司馬遼太郎である。 誠に司馬史観の罪は深い。 
NHKが大河番組等で「坂の上の雲」ばりの追憶ドラマを手を変え品を変え制作する意図は、まさに政権の意図に照応しているわけだ。

  私は問いたい。。。。。 あなたは、帝国主義国家としてばく進した維新以降の歴史を総論で賛美する側に立つか?? 
西欧列強による被植民地化を防いだことは維新の「光」の面だ。一方、同じ東洋人でありながら近隣諸民族を踏み台にしたその後の大日本帝国の恥ずべき歴史は「影」の部分であり、其の「影」が維新の成果と栄光を消し去ってしまったのだ。 帝国史の後半に目をつむり、維新だけを称揚する態度は単なる間違いで終わらない。 何故なら、後半の「影」の歴史は近隣諸国を巻き込んだ恥辱の歴史であるからだ。                            < 了 > 
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