静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ 沖縄:集団自決跡に悪ふざけの少年たち ≫  知らなかった『歴史』とは どこまでを含むのか?

2017-09-20 09:41:16 | つぶやき
◆ チビチリガマ荒らし:「歴史知らなかった」逮捕の少年 https://mainichi.jp/articles/20170920/k00/00m/040/076000c?fm=mnm
・ なんとも衝撃の大きな事件であり、且つ、逮捕された少年たちが警察で語ったという<チビチリガマの歴史について「ほとんど知らなかった」などと供述している>言葉は、
  我々が受けたショックに追い打ちをかけた。

⇒ ふと、私は此の報道記事で短く引用されている<チビチリガマの歴史について「ほとんど知らなかった」>の中身について疑念が湧いた。 疑念とは、何も知らなかった歴史というのが
 「チビリガマ」で起きた惨事だけを指すのか、沖縄本島が米軍との地上戦の戦場になり悲惨な死者を出した事も含んで知らなかったのか、いや、大日本帝国が繰り返した戦争の流れ
  そのものも知らなかったのか。 いったい何処まで、(沖縄に限らず)少年たちの知識として1945年以前の出来事が残っているのだろう? との根本的な問いだ。

★ 此の少年たちが沖縄地方で生まれ育った子供たちだとすれば、彼らに教室で接した教師たち、その親や周囲の人々は、此の”悪ふざけ”と過去の出来事の記憶との落差に苦しみ、
  唖然としているだろう、と思いたい。 一方、沖縄から遠く離れて生きる人にとっては、行為の表面だけ見れば、壁や電柱などに落書きしたり、神社仏閣でイタズラする悪ガキどもと
  心理は同じかもしれないが、はたしてその程度でうっちゃって良いことか?  
◎ 広島/長崎の慰霊施設や記念館などに、外国人や狂信的右翼が破壊行為をすることは有ったが、そこには明白な政治意図があり、悪ふざけとは全く違う。靖国神社境内公衆トイレに
  外国人が何やら仕掛けておく、というのとも違う。
   これらに共通するのは、戦前までの日本が行ってきた行為を加害者なりの歴史観で糾弾する動機である。歴史的意味合いを持つ場所で、自分なりの歴史観から意思表示をするのと、
  場所の意味合いも過去の出来事も無知のまま無目的に破壊行為を行う行為。 どちらも破壊行為として同じ犯罪だが、行為者が歴史と現在の自分を乖離させない生き方をしているか
  否かにおいて違う。 この差異は、なぜ「歴史を学ばぬ日本人」と外国人から批評されるのか?への答えでもある。 「何処にでも居る若者さ・・・」などと嘯いて済む話ではない。
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