静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

零戦、公立施設に続々展示  <戦争知らぬ世代を呼ぶきっかけに過ぎない・・というが> 伝える難しさ

2014-08-15 09:41:11 | トーク・ネットTalk Net
 先だって連日ご紹介した毎日の特集連載:「いま靖国から」でも公立の「XX平和記念館」でゼロ戦実物/模型の展示が増えているのを取り上げていたが、8・15に因み、朝日も今朝の記事で挙げている。
 <足を運ぶのは主に、当時を知らない若い世代だ。戦争の実相をどう伝えるか。歴戦の元パイロットも苦悩する。「どうしたら分かってもらえるか。本当に難しいと思っています」。元零戦パイロットの原田要(かなめ)さん(98)=長野市=が語る。戦争中、原田さんは敵機を19撃ち落とした。撃たなければ、自分が殺される。これが戦争。すぐに他の敵を探した。だがその後、敵機を撃ち落とす度に「あの人にも家族がいたかもしれない」と思うようになった>。<敗戦後、長野で幼稚園を開くが、人を殺(あや)めた自分が、子どもの命を預かっていいか悩んだ>。

 <91年の湾岸戦争の時、多国籍軍の攻撃を「花火のようだ」と話す若者をテレビで見て、衝撃を受けた。以来、学校などで自らの経験を語るようになった。生きるか死ぬかを戦い抜いた満足感。国のために尽くせた誇りもある。かたや、零戦から逃げていく相手の命を奪った。堕ちてゆく兵士の歪んだ顔が忘れられない。もう80回に及ぶが、相反する複雑な思いをどう言えば分かってもらえるのか。今でも苦しむ>。
 ← 戦場経験のない私だが、空中とはいえ、これは恰も白兵戦の撃ち合いや銃剣突撃で殺しあい、死に行く相手の顔を見たのに等しい衝撃では? 機動隊の列に突っ込む怖さなどとは比較にもなるまい。 

 <「外国とのお付き合いで集団的自衛権を使ったら大変。特定秘密保護法で、思ったことが言えない昔のようになったら、不幸になる。私はね、今は一番、危険だと思う」。戦場の空気を理解できないのは若者だけではないと感じる。「長生きしたいと思う年齢でもないが、次の世代がこんなに苦しまぬよう、戦争が持つ罪悪をどうにか伝えたいと思っています」> ← "次の世代"には我々高年者も入っているのだ。

 公明党含め与党は、原田さんの想いと叫びに対し、誰もが理性的に納得できる説明をしないまま全体主義的国家を目指すかのように舵を切った。ゼロ戦・戦艦大和・武蔵などのレプリカ・プラモデル、軍事兵器雑誌、ミリタリーゲームなど、罪悪感とは裏腹に戦後70年経っても娯楽として生き残る風土、その延長線上の仕上げとして実物大ゼロ戦展示が来た。   このままで本当によいのか?
 来週、私は太刀洗平和記念館を訪れ、此の目で展示と観客の実態を確かめるつもりである。

 ■零戦を展示する主な施設と展示の開始時期・・・・・朝日新聞調べ

 国立科学博物館(東京都台東区)        1975年     ★知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)       87年
 海上自衛隊鹿屋航空基地史料館(鹿児島県鹿屋市)  93年   航空自衛隊浜松広報館(浜松市西区)        99年
 河口湖自動車博物館飛行舘(山梨県鳴沢村)   2000年    靖国神社遊就館(東京都千代田区)            02年
★呉市海事歴史科学館(広島県呉市)         05年    ★筑前町立大刀洗平和記念館(福岡県筑前町)     09年
★青森県立三沢航空科学館(青森県三沢市)      10年   ★宇佐市平和資料館(大分県宇佐市)           13年
 筑波海軍航空隊記念館(茨城県笠間市)       14年                 〈★印は自治体の運営〉
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" スピード感溢れる政治 " の代償とされる民主主義?

2014-08-15 07:23:08 | トーク・ネットTalk Net
 或るレポートを読むうち、表題を考えるに至った。その小論文とは<なぜ農家の所得だけ保障しなければならないのか?-ー繰り返し農家所得だけが政治に取り上げられる理由>(独立行政法人・経済産業研究所)上席研究員:山下一仁氏、である。詳しくは http://www.rieti.go.jp/jp/special/special_report/065.html
 GHQ改革の一端だと喧伝されてきた【農地解放】が実は農林省の主導によるものだったとは、迂闊にも私は知らなかった。さように小作農の悲哀甚だしい戦前の農家救済に尽力した戦後初期の農務官僚の功績に保守勢力が悪乗りし、票田化したプロセス。その中で農家所得は増大し続け、一度たりとも生活保護が必要な水準に陥ったことがないにも拘わらず「所得保障」政策は民主党政権下でさえ続けられてきた。その理由が選挙制度にあり、小選挙区中心に変更されて以降、ますます露骨になったと山下氏は喝破する。(データの裏づけには説得力があるので、上記のURLに当って戴きたい)。
  先日の別稿「農地守る持久力議論を」(8/6)でも触れたが、唱え続けられる<食糧安保><多面的機能化>は、減反や個別所得保障等の政策を維持するため後付された理由でしかない、との指摘は完全に同意したい。今の減反政策のようにコメの生産を減少させ、国民消費者に高い米価を強いることは、柳田國男以来農政の本流にいた人たちがもっとも嫌ったことだった。経世済民という経済政策の原点を農政は忘れてはならない。

 小選挙区制への変更は2大政党制を導くものという触れ込みだったが、その狙いが農村票の確保であったことは薄々国民の大半が感じてきた。最高裁から違憲状態と判定され、都道府県ベースの区割りを変更せよとまで指摘されているのに、与野党とも真剣ではない。それは、諸外国のように「憲法裁判所」を設置しようともしない意図と結びついている?と勘繰りたい。国会議員の定数削減も"だんまり"を決め込んだままだ。
 <失われた20年>なるキャッチフレーズのもと、景気回復だけを望む大衆感情を利用し、デフレ・マイナス成長からの脱却に加え、近隣諸国の軍事的台頭を追い風に"スピード感溢れる政治"なるスローガンを与党が創り上げた。野党勢力弱体化も災いし、選挙制度是正や農業政策、公務員・行政改革などに係る議論は無視され、国家主義的論調が前面に出始めている。まるで、近所の独裁国家に対抗するためには日本も独裁政治が必要だと言わんばかりでないか。  
    連日のように私が<国家主義の増幅>に警鐘を鳴らす背景をご理解戴けたら嬉しい。
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