オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

二転三転・・・

2016-09-15 | Weblog

9/15(木) 朝方まで降っていた雨も、家を出る頃にはあがった。昨日はOB会のイベントで、社会見学会があり初めて参加した。折り畳みの傘をショルダーバッグに忍ばせたが幸いにも出番はなかぅた。今日も傘の出番はなさそうだが・・・・。

昨日の弁当は、「肉じゃが」「牛蒡の豚巻と野菜炒め」「オムレツ風卵焼き」「塩秋刀魚&焼きタラコ」であった。鍋で飯を炊き、二人分の弁当を用意したのであった。

                          

弁当を作り終えて、風呂を使い、一休みしてから社会見学会とやらに出掛けた。その行き先が、なんと、あの平和島である。そう、この日の社会見学会は「ボートレース平和島」なのだ。ここでレースのことは勿論、競艇運営や艇のことなど全般にわたってレクチャーを受けると云う社会勉強をするのだ。取って置きは、レーサーとの接触もできるということなのだ。

平和島に着くと、すぐに四階の特別観覧席に案内された。意外にも参加者が多い。知り合いの顔が五六人もあったのには驚き。毎秋に横須賀で懇親をする、UENOさんは奥さん同伴であった。また十年近く顔を合せていなかった、県人会の元会長、AOKIさんの姿を見付けて話ができた。そう云う意味でも、面白い場となった。

平和島のボートレースの運営主体、府中市の担当次長から運営についての説明や、競技団体の女性から舟券の説明などがあり、最後にボートの実物が置かれた競技棟の前で、若い女性の選手がボートに乗って運転のことなどを教えてくれた。艇を囲んだオジサンたちは、殊更に楽しそうであった。勿論、私もだ。

                     

友人のOKAZAKI氏が社長をしているT物産が、選手のウエアを制作している。が、彼は競艇場に足を運んだことがないと言う。この機会に彼も誘ってやりたかったと、後から思う次第。四十余年前の学生時代、ガードマンとか呼ぶようになった頃に警備のバイトで足を運んだことがあるが、当時はレースに何の関心もなかったが・・・・・。

楽しんでいる最中に、電話が入った。悪徳不動産のマッチャンからだった。「事務所の契約で、保障会社が新たに保証人が要ると言ってきました。何を考えているのか、腹が立ちますね・・」そんなようなことだった。こっちも、それまでの上気分が一気に暗転した。『バカヤロ~なに言ってんだ』が口から出た  。

借り手はこっちだぞ、銭を出して借りようと云うのに、なにを四の五の言ってんだ。と云うのは、こっちの論理だ。貸し手には貸し手の論理があろうが・・・。レースへの意気込みも喪失し、それから投じた舟券は外れつづけた・・・  。平和島とは名ばかり、ここまでやってきて弱小零細の悲哀と、外れ券の虚しさをつくづくと味わったのだ。

さりとて、何時までも身の不幸を嘆いていても始まらん。重い足取りながら、最後まで居残った平和島を後にし、渋谷へと向かった。気分一新、「奈加野」にてゲン直し酒となった。

                         

 

一夜明けた今朝、お目覚めは五時だ。早いね~、早すぎるが目覚めたものは仕様がねえと、五時半過ぎから弁当を作ることにした。こういう、家の中で出来る遊びがあってよかったよ。暇つぶしができる。

今朝は、「トンカツ」がメインだ。それと「鶏の塩焼き」「野菜煮」「鮭焼き」「出汁巻卵」、以上であるが、添え物のキャベツ・玉ネギ・ピーマンの千切り、ピーマン・シメジ・タマネギのソテーなども・・・。

                          

弁当を作っていると、昨日のやなことも忘れている。ひたすら、どうしたら旨いものができるか。それだけを考えている。とは云いながら、結果はしれたものだが、ひと時雑念は消えているのだ。

                          

今朝も、詰めるのが一苦労であった・・・・。

 明日の午後一番で帰省する。今回は雨続きの予報になってる。一緒に連れて行く、ちびっ子のSORAは運が悪いねェ…。去年の八月の時は大型の台風で大洪水となり水遊びができなかった。今年も無理のようだ。帰京は、21日の夕刻予定である。

 

 

 

 

 

 

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