13トリソミー 陽花の記録

すべての幸せが君のものであれ

最後に

2017-03-08 01:07:57 | 陽花の記録
■最後に

 これを書いたのは陽花を追悼するためでも悲しむためでもありません。初めはばくぜんと陽花と過ごした記憶・記録をとどめておきたいと思いました。そして、それは具体的な症状や経過はちがっても、他の13トリソミーの子どもたち、そのご家族の方の参考になるかもしれない。そう思って書きはじめました。
 陽花を授かるまでは13トリソミーについては聞いたこともありませんでした。誕生の喜びを突然どん底へ叩き落される衝撃は経験したものでなければわからないでしょう。私自身、元気に成長されている13のお友だちの存在に出会わなければ、その絶望から抜け出られなかったかもしれません。
 
 生命(いのち)って何なのか。愛情って何なのか。医療って何なのか。生きるって何なのか。13の子どもたちは私たちにたくさんの宿題をもって私たちのもとへやってきます。私はそれに応えたくてこれを書いたのかもしれません。

 13の子どもたちにとって、医療のサポートは生死を分けるような「必要」です。けれども、本当はもっと大切でもっと必要なものがある。周りの人々から愛情を受けること。何より、信頼し自分の全てを委ねた両親から深い愛情を注がれること。子どもにとってそれ以上幸せなことはありません。13の子どもたちはパパママやたくさんの周りの人々の愛情を感じたくて、痛いほど感じたくて、とんでもない試練を覚悟し、大変な苦難を乗り越えて私たちのもとに来てくれるのではないでしょうか。全てを解ったうえで。そんな気がしています。

 だから、自分の愛情を信じましょうよ、と。13の子どもたちに親として選ばれたことに自信を持ちましょうよ、と。そう思うのです。打ち消しても打ち消しても湧き上がってくる心配、不安…。わが子に“普通の”元気さや幸せを与えてあげられなかったという思い…。苦しく、痛い思いばかりさせている自分を責める気持…。
 さらに、もしあの時こうしていれば、こうしていなかれば…という思い。その中で泣いてもがいて苦しんで…。目の前でわが子が「呼吸を止める」という恐怖を何度も味わって…。
 それでも、思うのです。自分の愛情に自信を持ちましょうよ、と。この子たちの親であることに自信をもちましょうよ、と。自分を責めるのはやめましょうよ、と。他の誰にも経験できないようなとびきりの愛情を交し合いましょう、と。

 陽花は余りにも短かった5ヶ月余のいのちを精一杯に生きました。いっぱいの喜びと幸せを私たちに運んできてくれました。陽花と一緒に過ごした輝くような時間は私たちの宝です。あふれる愛情は私たちの誇りです。13トリソミーという病気の重たさに何度もくじけそうになりました。たくさん涙を流しました。けれども、どんなに厳しい状況におかれても、人は愛することができます。信じることができます。希望を紡ぎだすことができます。生きることができます。
 私たちはそれを陽花から教わりました。全てのいのちは愛されるために、幸せになるために生まれてくる。そこにはひとつの例外もない。そう思います。そして、全てのいのちが等しく愛情に満たされて生きられますようにと、願わずにはいられません。私たちはこれからもっと幸せになります。陽花といっしょに。
陽花、私たちのところに来てくれて本当にありがとう。
(2003.4)
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