斉東野人の斉東野語 「コトノハとりっく」

野蛮人(=斉東野人)による珍論奇説(=斉東野語)。コトノハ(言葉)のトリックの世界を、少しだけ覗(のぞ)いてみましょう。

29 【ヘイトクライム、プアホワイト】

2017年08月08日 | 言葉

 コトバと差別
 原始、人類はコトバ(言語)を得て霊長類の頂点に立った。言語により複雑な思考能力を獲得するのは後のことで、最初は認識したモノに名を付ける程度だったのだろう。モノそれぞれに名前(コトバ)と評価が定まれば、モノへの識別能力は格段に向上する。しかし識別とは違いを見つけて区別することで、対象が人であれば区別は差別の意味に近くなる。ある意味、人類はコトバと一緒に差別することを覚えた。差別は我々の身近にある。

 1年前の惨劇
 19人が殺害され、26人が重軽傷を負った神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」の事件から、7月26日でまる1年。残忍な犯行内容とともに犯人の知的障害者への強い差別意識が世の人々を震撼させた。施設の元職員だった犯人の青年は「障害者は周囲に不幸しかもたらさない」「意思疎通のとれない障害者は、生きていても仕方がない」「障害者施設の維持には、ばく大な税金がかかる」と供述し、犯行を正当化しようとした。
 心が痛むのは、むしろ障害者の家族や関係者の側に、これらの暴言に動揺する気配が見られたことだ。「不幸しかもたらさない」と言われて傷つくのは、障害者を家族として育てて来たみずからの労苦を思うからだろう。「ばく大な税金」うんぬんも、世間への遠慮があって気になるのかもしれない。しかし国民の圧倒的多数は、障害者は社会全体で支えるものと考えており、税金のことなど露ほども気にかけていない。45人と家族を不幸と悲しみの底へ突き落としながら、自分が「もたらした」不幸の方は見えない者の妄言など、気に留めるのもおかしなことだ。

 NHKの報道特別番組と「ヘイトクライム」
 NHKは夜の報道特別番組『クローズアップ現代』で、7月25、26日の2日間にわたり、1年前の事件の特集を組んだ。25日は犯人の手紙と遺族の声とで事件の真実に迫り、26日はヘイトクライム(=hate crime、憎悪犯罪)の観点から事件の本質解明を試みた。日本では耳慣れない「ヘイトクライム」とは、近年アメリカで多発する差別意識に基づいた犯罪のこと。人種や宗教、また性的マイノリティなど特定グループを攻撃する犯罪で、アメリカではグループに対する銃乱射事件も頻発している。番組では米カリフォルニア州立大学のブライアン・レビン教授が①相模原の事件はアメリカで起きているヘイトクライムと似通った面がある②障害者への差別意識が拡散し、固定化した時が危機である――と指摘した。まだ日本は②の段階、つまり「障害者への差別意識が拡散し、固定化した」段階にまで至っていないが、萌芽らしきものが見えると思えば背筋は寒くなる。

 「プアホワイト」
 ヘイトクライムの語で連想するのがプアホワイト(=poor white、白人低所得者)だ。ホワイトトラッシュ(=white trash、trashは廃物・くずの意味)と呼ばれることもある。それ自体が差別用語なので識者は使いたがらない。1970年代、人種差別が盛んなアメリカで聞かれ、今また失業率の高い先進ヨーロッパ諸国やアパルトヘイト政策廃止後の南アフリカ共和国でしばしば耳にする。国ごとの事情により使われ方は異なるが、単に白人貧困層の問題というのではなく人種差別に絡んで用いられることが多い。たとえばアメリカの黒人差別では「差別に熱心なのは白人の富裕層でなく、むしろプアホワイト層だ」と指摘される。
 プアホワイトと黒人とは低賃金の職種を奪い合う関係になりがちで、ためにプアホワイト層は黒人への憎悪と差別意識が強くなると説明されてきた。しかしアメリカにおける黒人差別の背景がプアホワイト層ばかりにあるのかと言えば、決してそんなことはない。白人富裕層の黒人への差別意識の実態について本当のところは分からないが、このコトバからは黒人差別の責任をプアホワイトに押し付けている印象が感じ取れなくもない。
 ただ、こういうことは言える。人間とは「自分より恵まれない人たち、下層の人たちもいる。上を見ればキリがないが、下を見てもキリがない」と思いたがる生き物である、ということだ。「自分たちより劣る存在として黒人や有色人種がいる」と考えれば、プアホワイトたちは「下を見てもキリがない」と、みずからを慰めることが出来る。「プア」である劣等感から救い出してくれるのが「自分より恵まれない人たち」の存在だから、差別意識は心の支えになる。人種差別にはさまざまな要因があるだろうが、こうした感情が1つのファクターになっていることは確かかもしれない。
 もちろん人類の差別の歴史を考えると「ヘイトクライム」の矛先は弱者ばかりに向けられてきたのではない。ナチスドイツが抹殺を試みたユダヤ人たちは、頭脳的にも財力的にも勝り、ドイツ社会ではその優秀さゆえに嫉妬のマトになっていた。「自分より恵まれた人たち」という理由で、差別と「ヘイトクライム」の犠牲になったわけだ。

 犯人の心の闇と、わが心の闇
 事件の衝撃が大きかったためもあり、犯人の周辺に関して様々な事実が明らかになっている。教師の家庭に生まれ育ち、頭の良い優しい子供だったという。成長するに従い性格がエキセントリックになり、大学の教育学部在学中には入れ墨まで彫った。教師を目指したが叶わず、事件を起こした障害者施設に職を得る。初めは張り切って働くが、3年あまりで退職。退職前には同僚たちに「障害者は皆殺しにすべきです」と発言していた。施設を自主退職したのが昨年2月、同時に精神科医院へ措置入院する。翌月には退院し、昨年7月26日未明に事件を起こした。青年の心の闇は、このような経歴のどの時点で生まれたのか。
 挫折は誰もが経験する。挫折をバネに人は、より強く優しくなるのだろう。思い描いた人生を思い描いたように歩める人は少ない。大半の施設職員は「下を見ればキリがない」と思っても差別意識には向かわず、「ハンデのある入所者のために自分が役立とう」と、仕事のやりがいに結び付けている。ベクトルが差別へと向かうか否かは人それぞれだ。
 それでもなお「プアホワイト」なるコトバが提示している問題は、心のどこかに留めておくべきかもしれない。繰り返すが、人の心から嫉妬心がなくならない限り「上を見ればキリがないが、下を見てもキリがない」は、わだかまる気持ちの慰めになるからだ。「自分より下」の存在を探し求めることは、差別意識の萌芽そのものである。差別の根は身近にある。
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