斉東野人の斉東野語 「コトノハとりっく」

愚人(=斉東野人)による愚論愚説(=斉東野語)。その中からコトノハ(言葉)に関するものを選んでみました。

2 【リーマンショック】

2016年10月18日 | 言葉
 2 【リーマンショック】


 薄れる記憶と残る言葉
 リーマンショックは現在でもしばしば耳にする語だが、意味と当時の状況を正確に答えられる人は、それほど多くはないかもしれない。
「リーマン・ブラザーズ証券という名の米国の大手投資銀行が、米国内住宅バブル破裂の影響で倒産してね。これが引き金になって、ヨーロッパや日本など世界中へ大不況が広がった。それでリーマンショックと呼ぶようになったのさ」
 リーマンショックという語に惑わされると、こういう答えになりそうだ。しかし、これでは世界的な大不況の元凶が一投資銀行だったことになる。「死人に口無し」のたとえではないが、現在は存在しない会社に責任を押し付ける、言葉のトリックだとも受け取れる。マスメディアも当初は「サブプライムローン問題」という語を使っていた。

 アメリカの不況と起死回生の住宅バブル
 当時を振り返ってみよう。アメリカでは2000年にITバブルがはじけ、翌年に世界同時テロ、翌々年に企業会計疑惑と続き、景気後退の坂を転げ落ちた。FRB(連邦準備制度理事会)は超低金利政策に舵(かじ)を取り、空前の金余り現象が起きる。不況下の金余り。脱出策として住宅需要の掘り起こしに目が向けられ、低所得者層でも借りやすいサブプライムローンが注目された。以後、住宅バブルに突入する。米政府は景気回復を優先し、当時すでに欠陥の指摘されていたサブプライムローンの規制強化を先送りした。
 このローンでは、初めの2、3年は金利を低く抑えた優遇金利が適用され、後になるほど返済額がかさむ仕組み。不動産価格の高騰中は返済に窮しても家を売ればオツリが来た。借金してでも家を買った方がトクだから、ローン利用者は増え、米国の住宅価格はさらに高騰。しかし住宅販売も2006年にピークを迎え、ここから下落が始まる。もはやオツリは来ず、家を売ってローン返済に充てることが出来なくなった。たちまちローンは不良債権化した。

 元凶はローンの証券化
 問題が世界の金融市場へ、とりわけ欧州の金融関係機関へ及ぼした影響の核心は、サブプライム関連商品の証券化。ローン債権自体が証券化され、証券商品として第三者へ売られた。高リスク高リターン。ヨーロッパの金融機関が競って証券を買い求め、リスクは世界中へ広がった。打撃が国内金融機関にとどまった日本のバブル崩壊との、大きな違いがこの点だ。
 2007年8月、フランスのメガバンク、BNPパリバ銀行傘下の3つのファンドが資産凍結され、これをきっかけに世界同時株安が始まる。「パリバショック」と呼ばれた。翌2008年にはイギリス金融大手HBOS、ドイツ不動産金融大手HRE、ベルギー金融最大手フォルティスで、公的資金導入などの事態となった。
 2008年9月、米国内の5大投資銀行がすべて破綻する。ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、メルリ・リンチ、ベア・スターンズが商業銀行へ転換、あるいは買収された。唯一リーマン・ブラザーズだけが倒産して姿を消す。負債総額は6130億ドル。リーマン破綻の翌日、保険大手AIG社が公的管理下に置かれた。企業の倒産保険を大量に扱っていたAIGの経営危機は、倒産保険金が支払われなくなる可能性を意味するから、リーマンのように倒産させるわけにはいかない。しかし直後に米国の株価は暴落。さらに9月29日、米下院がウオール街救済の金融安定化法案を否決する(10月初めに再提案され可決成立)と、この日だけでニューヨーク証券取引所のダウ平均株価は史上最大の777ドルも下落した。
 当時の日本の金融機関はサブプライムローン関連の証券商品に手を出さず、ために直接の影響は小さかったが、直後の世界同時不況が日本の輸出産業を直撃した。2008年10-12月期の実質国内総生産(GDP)は前期比マイナス3・3%(年率換算マイナス12・7%)で、第1次オイルショック以来35年ぶりの下落幅。翌2009年1-3月期は前期比マイナス4・0%(同マイナス15・2%)へ拡大した。米欧を上回る落ち込み幅だった。

  和製英語だった「リーマンショック」 
  少々長くなったが、ここまで振り返ると、当時の世界金融危機を表す言葉として「リーマンショック」の不適切さ、不正確さが、お分かりいただけたと思う。負債総額は巨額だが、危機の原因ではなかったし、きっかけでもなかった。
 そもそも事情を知る欧米でも「リーマンショック」の語が使われていたのか。2016年5月に開かれた主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の席上、安倍首相は現下の経済情勢を「リーマンショックの前に似ている」と分析し、財政出動の必要を各国に呼び掛けた。この時、ある民進党議員がツイッターで「日本政府発行の資料にある『リーマンショック』の表現が、各国首脳に配布された英語版にはない。これでは情報操作だ」と疑問を呈し、議論が起きた。結局「もともと『リーマンショック』は和製英語だから、英語版では他の語への言い換えが当然」という説明で落着した。英語版資料の表記は「the financial crisis」で、あっけないほどシンプル。リーマンショックが和製英語であることを、この時初めて知る人が多かった。

 配慮の有無
 「the financial crisis」の表記では、あまりに漠然として掴(つか)みどころがない。訳せば単に「財政危機」だから、「リーマンショック」以上に事態の特徴を伝えていない。「リーマンショック」の言葉を最初に使い始めたのが行政か金融関係か、マスメディアだったかはともかく、新たな呼称を考える必要があったことは確かだろう。
 ネット上の書き込みには「AIGショック」や「アメリカ下院ショック」を推奨する意見もある。なるほど、そちらの方が真実に近い。現在も存続するAIGやアメリカ政府に配慮した結果、使わなかったとすれば残念なことだ。筆者などは単に「米バブル崩壊」や「アメリカ版バブル崩壊」で良いと思った。バブル経験国の日本であるから、不動産と金融を核とする経済破綻である点も理解されやすい。
「これは言葉のトリック、真犯人から目を逸(そ)らす陰謀だよ。責任の一端は、金融安定化法案を否決して株価の暴落を招いた米下院にある。サブプライムローンで大儲けしていた大手保険会社など、庇(かば)う必要もない。意図的に言い換えたのなら、問題あり、だよ」
 そう憤慨する声もある。「意図的」は深読みとしても、疑念を招きかねない言葉は、言い換えの言葉として不適切である。

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1 コメント

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インパクトが大事? (山葡萄)
2016-10-26 21:16:51
「サブプライムローン問題」というより、「リーマンショック」という言葉のほうがインパクトありますね。だから、この言葉が広まったんでしょうね。リーマンブラザーズにとっては迷惑な話ですが。

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