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絵と絵文字の間

 チャタルホユックでその萌芽を見せていた絵文字(ピクトグラムpictogram)はその後体系化され、ひとつの絵(文字)がそれぞれひとつの物や生物を表し、いくつかの絵文字が組み合わさることによってひとつのまとまった概念を表すことができるもの―すなわち「文字」へと発展していきました。そしてこうした流れの中で、いまから5000~6000年ほど前にシュメールの人々がつくりだした世界で初めての文字は、まだ「心覚えのための略画」01といってもいい段階のものでした。
 
当初、シュメールの人々は、日用品や農産物の取引にあたって、その個数を数えるために粘土製の小さな玉「トークンtoken」を使っていました。その後そのトークンを中に入れた「ブッラbulla」と呼ばれる粘土製の球形容器の表面に、トークンを押し付けて中の個数を表示するようになります。それが紀元前4千年紀の終わりまでに、トークンを押し付ける代わりに丸い形の尖筆を使って、トークンと同じ模様を粘土板に書き、勘定を記録する方法へと変化していきます。そしてそこから徐々に、数えているものの種類=〈かたち〉を示す、ピクトグラム的な文字へと拡張されていったのです。


トークンtokenとブッラbulla02
 
フランスの考古学者のデニス・シュマント=ベッセラさん02は、このトークンこそが“絵文字”が発生するきっかけだったのではないか、といいます。さらに彼は「文字は絵からではなく、トークンという計算具から生まれた」と主張します。
 
たしかに通常の文字の起源論では絵から絵文字が生まれ、絵文字から文字が生まれたと考えられています。しかし、羊の絵から羊の絵文字に飛躍するためには個々の羊の違いを捨象し、羊一般を抽象する操作が必要になる、と文芸評論家の加藤弘一さん03も指摘するように、絵から絵文字への抽象化という飛躍のプロセスをこのトークンが担ったのではないか、というのです。
 
しかしそれは、人々の集団の中で日干し煉瓦が“家”をつくるための人々の〈理解〉を即す〈かたち〉-いわば家をつくるための“言語”であったように、そしてさらにその集団が巨大化し、“都市”となった時、過度な集合がもたらす様々な問題に対処するためにハード面やルール上の〈かたち〉-いわば都市づくりのための“言語”が生まれたように、人々が抽象的なことがらを認識する過程の中で、「こと」が《もの》化し、《入れ物》化し、《中身化》していった結果のひとつだった、といってもいいのではないでしょうか。トークンという物理的な物は、抽象的な〈意味〉を〈理解〉するにあたり、具体的に参照できる現実世界の物に即した〈理解〉でそれを間接的に類推した結果のひとつであり、彼らの社会的活動のための“言語”だったのです。
 
このようにしてシュメールの人々が世界で初めてつくりだした「文字」は、その後、いまから4900年ほど前に「文字」の発展にとって非常に重要な、大きな変化を起こすことになります。

01文字の歴史/ジョルジュ・ジャン/矢島文夫監修 高橋啓訳 創元社 1990.11.01
02文字はこうして生まれた/デニス・シュマント=ベッセラ/小口好昭・中田一郎訳 岩波書店2008.05.28
03文芸評論家・加藤弘一の書評ブログ「文字はこうして生まれた」シュマント=ベッセラ/KINOKUNIYA書評空間BOOKLOG 2008.09.27

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