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意識の素性

 人間はいっさいの生あるものと同じく絶えず考えてはいる、がそれを知らないでいる、とニーチェ*01はいいます。意識にのぼってくる思考は、その知られないでいる思考の極めて僅少の部分、いうならばその最も表面的な部分、最も粗悪な部分にすぎない、というのです。
 
ニーチェは、この意識化された思考が、言語をもって、すなわち伝達記号をもって営まれることに注目します。それこそが意識の素姓そのものであり、言葉の発達と意識の発達(理性の発達ではなく、たんに理性の自意識化の発達)とは、手を携えてすすむものだ、というのです。
 
このニーチェの卓見をその後、心理学者が理論化し、現代の知見がさらにその脳内の仕組みを明らかにしようとしています。旧ソヴィエトの心理学者レフ・ヴィゴツキー(1896-1934)*02は、社会的な外言は、内化され内言となり、それによって思考などの高次精神機能は発達すると考えました。人工知能研究の月本洋さん*03は、その言葉と意識の発達について、対話→外言→内言→思考の順に発達する、と説明します。乳幼児は、当初目の前の母親等との対話から出発し、しばらくしてその相手が存在しなくても発話するようになり(外言)、さらに、発声しなくても「話せる」ようになります(内言)。そしてこの内言が高度化することで、思考になる、というのです。
 
運動指令の遠心性コピーによって感覚結果が予測されるようになると、その一連の行為はルーティン化し、内在化します。するとそのルーティンにとって余分な情報は抑制されるようになりますが、発声聴覚系にもそれと同様の機構が存在する、と月本さん*03はいいます。
 
人間が言葉を発する場合、脳内の目標音声に基づいた運動指令が舌等の発声器官に送られますが、同時にこの運動指令の遠心性コピーが予測器に送られて予測音声に変換されます。予測器は予測モデルとも内部モデルとも呼ばれるもの*03で、乳幼児では対話によりそれを発達させていくのです。
 
対話は言葉でなされますが、この言葉とは記号表現(たとえば音声)と記号内容(たとえば視覚イメージ)の結合である、と月本さんはいいます。対話により予測モデルを発達させると、それにより心的イメージは豊かになり、心的イメージで構成される記号内容も豊かになります。これが言葉の発達につながっていく、というのです。
 
乳幼児においては、対話によって音声イメージと他のイメージの結合である言葉が発達していくと、自己中心的発話(=外言)をするようになります。つまり脳内に内在化した心的イメージによって目標音声を舌等の発声器官に送り発話するようになるのです。そして発声器官の動きが何らかの理由で抑制されると、その内在化した目標音声(舌等への運動指令の遠心性コピー*03)が、心的イメージとして意識に上がる(=内言)のです。この状況を月本さんは黙読や内言をしているときは遠心性コピーを「聴いている」と説明します。つまり意識にのぼってくる思考とは、舌等の発声器官から音声として発せられない“言葉”なのです。それがニーチェのいう意識の素性ということであり、そして、この内言が高度に発達していくことによって思考が生まれてくるのです。


「思考と言語」(原題: Мышление и речь)/レフ・ヴィゴツキー/1934

01:ニーチェ全集-悦ばしき知識/フリードリッヒ・ニーチェ/ニーチェ全集8 信太正三訳 筑摩書房 1993.07.07
*02:思考と言語/レフ・ヴィゴツキー/柴田義松訳 明治図書 1962
*03:対話がつくる心-運動意味論からみた対話/月本洋/心理学ワールド(64) 日本心理学会 2014.01

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