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「しばらく」住居の登場

 3万年の間森の環境が持続している日本列島*01ですが、その植生はその時々の気候状況によって大きく変化してきました。いまから2万年前、地球は最終氷期の最盛期で、日本列島の年平均気温は現在より7~8℃低く、海は後退し、瀬戸内海は陸となっていて、日本列島は現在とはまったく異なった形をしていました。ただし以前いわれていたように日本列島が大陸と陸続きとなり日本海が内海化していた、ということはなく、氷河期の最盛期でも津軽海峡や対馬海峡には海が残り、陸続きにはならなかった、といわれています。唯一北の宗谷海峡がシベリアと繋がり、ナウマン象など様々な動物たちが日本列島へと渡ってきたのです。


約2万年前の氷河期最後の更新世後期の日本の高度地図

 気温の低下によって北海道には樹木がまばらに見られる森林ツンドラ地帯が一部に広がっていましたが、北海道南部から中部地方にかけては深い亜寒帯性針葉樹林に覆われていました。西日本では温帯性の針葉・広葉がモザイク状に配列した森に覆われていたのです。
 
この時代、日本の旧石器時代の文化は森の狩猟採集民の文化*01でした。彼らは森と草原のはざまに生息するオオツノシカなどを狩猟するとともに、チョウセンゴヨウの実など森の資源も利用していました。安田喜憲さん*01によれば日本列島の各地から局部磨製石斧が発見されていますが、これらはこのような森の資源を利用するための道具だったのです。
 
そしてこの時代に、現在のところ日本最古といわれる住居跡が見つかっています。大阪府はさみ山遺跡では、直径6メートル、深さ20センチメートルの円形のくぼみに径10センチ前後の柱穴が弧を描くように並んでおり、柱穴の傾斜から約2万2000年前の木材を組み木にして草や皮で覆った円錐形の屋根をもつ住居があったことが推測されています。
 
考古学者の石野博信さん*02によれば、それまでけものを追い求めて転々と移動する生活が中心で、住居はいっときのキャンプのような仮小屋であったものが、このころから地面を掘り凹めて、しばらくは住み続ける定住的要素が加わった、といいます。いわば「いっとき住居」から「しばらく住居」への移行*03がこの時代から始まったのです。

*01:環境文明論-新たな世界史像/安田喜憲/2016.03.30 論創社
*02:古代住居のはなし/石野博信/1995.05.20 吉川弘文館
*03:世界の住まい6000 1先史時代の住居/ノーバード・ショウナワー/三村浩史監訳/彰国社 1985.08 

 

 

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