徒然に

吉田兼好には比べようもありませんが、私の思ったままを記してみようと思います。

溽暑に渡辺謙の謝罪会見の不合理性を思う。

2017-07-16 | 日記
 溽暑といっても間違いのないような暑さが続いている。夜は扇風機やクーラーをかけても寝苦しくて何度も目を覚ますし日中もクーラー無しでは過ごせない。少しでも過ごし良いようにと、近所のイオンモールに一日に何度も出かけている。最近の気温の上昇や頻発する大雨が、地球温暖化による気候変動のせいだとすると、産業革命以降の人類の愚かな行いのつけが回ってきているのかもしれない。
 ところで、渡辺謙が不倫の謝罪会見を開いていたが、なんで不倫で謝罪しなければいけないのだろうか。奥さんに謝罪するかどうかは本人の問題であるが、世間に向かって何故謝罪する必要があるのだろう。自ら信じてもいない倫理を振り回す一部のマスコミの横暴のせいなのだろうか。そんなことだから日本では少子化が改善しない。少子化の解消のためには、大いにセックスをして、子どもを沢山作るべきだ。婚外セックスの何がいけないのか。そもそも、戦後の日本社会では恋愛は自由だとされてきたのではなかったのか。まして、芸能人や小説家などは、昔から自由にふるまってきた。性本能は、誰にもあるし、それなのに聖人君子を装うなら、それこそ表裏のある人物と考えるべきだ。一部のマスコミの拘る古き良き家族というのは神話にすぎない。いや、昔から婚外セックスなどはそんなに異常なことではなかっただろう。それなのに、神話的とすらいえるその狭歪な倫理観はどこから生じたのだろうか。核家族化と専業主婦を当たり前とした高度経済成長期の標準家族の思考形式が、そのような異常な考え方を生んだのではなかろうか。本来、異性間の関係も含む個人と個人の結びつきには様々な形態が許されるべきだ。その意味では、渡辺謙が謝罪会見を開いたのは失望した。愛人がいて何が問題なのかと、似非倫理を標榜する傲岸なマスコミに対して大物としての一貫した姿勢を貫いて欲しかった。その意味で、奥さんの前で他国の大統領夫人を魅力的だと言ったトランプはやはり図抜けた大物だ。
 日本の高度経済成長期に成立した標準家族を基礎とした倫理観や福祉制度などは、最早変更されるべきだ。少子高齢化の急激な進行は、明らかに日本を衰退国家へと導いている。人々が一貫性の原理ともいうべき考え方で変化に気づかない間に世の中の変化が進みつつある。チェンジブラインドネスともいえる。気づかない間に変化しつつある気候もそうだし、少子化への進行もそうだ。自然の猛威に対抗するためには、堤防などの人工的な構造物は絶対といえない。山沿いや河川沿いなどに住んでいる人は、その危険性に気づくべきだ。少子化への対抗策としては、シングルマザーや婚外子などに対する偏見を改めて、それよりも支援を厚くすべきだ。フランスや北欧諸国などで少子化が止まったのも、そのような政策やおおらかな性倫理のためではないのか。一部のマスコミは、変な倫理を振りかざして不倫を追求することよりも、他にすべきことがあると気づくべきだ。
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