おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

新宿~高井戸~布田五ヶ宿~府中。その1。(「甲州街道」をゆく。第1日目。)

2017-03-06 18:45:11 | 甲州街道

 3月4日(土)。曇り。少し肌寒し。いよいよ「甲州街道(甲州道中)」にチャレンジ。夏までにクリア出来れば、・・・。下諏訪まで53里の道のり。

(甲州街道を歩く - 旧街道ウォーキング www.jinriki.info/kaidolist/koshukaido/HPより拝借。)

 今回、日本橋から新宿(内藤新宿)間は省略し、「新宿3丁目」から西に向けて歩き出します。
1880年代のようす。水路は「玉川上水」。

現在のようす。新宿駅。右下に「天竜寺」、「新宿高」。

現「新宿三丁目」交差点から西南に延びるのが「甲州街道」。西北に延びるのが「青梅街道」。(「歴史的農業環境閲覧システム」より。)

 なお、「旧甲州街道」は八王子、高尾までは、概ね、現在の京王線に沿ったように進みます。
 当初、京王線は、新宿駅付近では現在とは異なって、甲州街道上を路面電車で進んで、「新宿3丁目」付近が終点でした。その後、少し位置がずれた後に、現在のように新宿駅構内に乗り入れる線路になりました。(「今昔マップ」より。)



←現在の「京王追分ビル」(「FOREVER新宿店」などがある)。


 (9:03)「新宿3丁目」交差点は、「甲州街道」と「青梅街道」との分岐点(追分)。角の交番にも「追分」とあります。
                        

「青梅街道」方向。

 旧甲州街道は左に折れて「国道20号線」(甲州街道)に合流して、西に向かいます。


新宿駅。

 旧甲州街道と現甲州街道(国道20号線)とは新宿駅の拡幅、改造によって少し南側に変わっているようです。そのため、
甲州街道を歩く - 旧街道ウォーキング では、新宿駅南口を過ぎたあと、いったん右折し最初の角を左折する道を旧道としています。それにならって歩きます。

ここを左折。

   

 その道はかつての角筈・浄水場、現在は都庁などの高層ビル街にぶつかるので、左折して「国道20号線」に出ます。
    


(9:20)「日本橋から9㎞」ポスト。その分、省略。

 これからが本格的な歩きとなります。  
 車が激しく行き来する広い甲州街道の南側に玉川上水の跡地と地下にもぐった京王電鉄線の跡地の上に、広い遊歩道があります。文化学園大学(文化服装学院―かつては、円筒形の校舎。今は素敵な建物に)前を通る、自転車通行禁止の遊歩道。かつてこの辺り、玉川上水と京王線が併行してあったところ。渋谷区立の公園となって、しばらく甲州街道とつかず離れずで続きます。

 歩道に煉瓦造りのモニュメント。
                                  
・・・このモニュメントは明治時代に新宿駅構内の地下に設けられた玉川上水煉瓦造りの暗渠をモチーフとし、当時の煉瓦を一部使用して、ほぼ原寸大で再現したものです。

向かい側には「佐鳴(さなる)予備校」のユニークな建物。

「勿来橋跡」。
 なこそ橋の由来は、江戸時代に福島の三春藩主であった秋田安房守が、この地に下屋敷をおいたことによる。       
 このように玉川上水に架けられた橋名が残されています。

ここでいったん上水と離れます。

雑踏も途絶えた歩道。振り返って望む。

今歩いている歩道は渋谷区、道路の向こうは新宿区。

「玉川上水」跡の緑地。

頭上は「首都高速」が覆い被さる。

道路の向こう側は「新国立劇場・OPERA PALACE Tokyo」。

全貌が見えないので、「Wikipedia」より借用。
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