おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

笹子峠~駒飼宿。その3。(「甲州街道」をゆく。第7日目。)

2017-07-14 18:53:15 | 甲州街道

 県道歩きが続きます。本来の旧道は「笹子川」の右岸を進んでいたようですが、現在は歩行不能のようです。「駒飼宿」入口付近でその道が出てきますが実は・・・。

(11:42)道路端に「桃ノ木茶屋跡」碑。

日陰を選んで歩きます。車には出会わず。

前方が開けてきます。山深い印象。


振り返って「笹子峠」方向? を望む。

北方向を望む。

(12:13)「駒飼宿」を木立の向こうに望む。そこにベンチがあるので、パンを食べながら休憩。


さて宿場まで一息。「天狗橋」。

(12:30)橋を超えたたもとに旧道らしきものがあります。

 しかし、厳重な柵があります。降りてきたときに抜けられるのか? 
 よく見ると、鉄条網に電流が流されているようです。集落に近づくにつれて県道脇にはこうした仕組みが目についていました。農作物への獣害防止のためのもの。


その先に、芭蕉句碑。
 
            秣(まぐさ)負ふ 人を栞(しおり)の 夏野哉 芭蕉

 この句は、この付近ではなく、栃木・那須野で詠まれたようです。
 秣(まぐさ)は馬草で馬のえさ。栞(しおり)は枝折で、山路を歩くとき、枝を折って自分が通った道筋を記しておく。

 この広い那須野の原は道が分からなくなりそうだが、あの秣を背負って歩いている男を栞(道しるべ)にしてこうして歩いていきましたよ。

 「笹子沢川」は富士川水系。この先で「日川」と合流し、笛吹川となって、さらに「富士川」として駿河湾に注ぎます。旧東海道歩きで越えました。


「駒飼宿」内のようす。

(12:33)左手の空き地に「脇本陣跡」碑。
 

その先には「本陣跡」碑。


「明治天皇御小休所趾」碑。

駒飼宿
 江戸より第30宿、江戸へ30里9丁、甲府へ5里19丁 本陣1、脇本陣1、旅籠6、問屋場1、宿内家数64戸、宿高135石5斗6升3合


「萬靈塔」。甲州街道で見かけたのは二つ目。

「駒飼宿」案内板。かつての屋号が記されています。

駒飼宿
 笹子峠の西麓にあった駒飼宿は、江戸時代には幕府の公用を継ぎ立てする役目を果たし、旅行者の休泊のため、本陣・脇本陣・旅籠などが設けられた甲州街道の要所として知られていました。
 笹子への道の往還を、人が休み、その名の通り馬が餌と水を与えられた宿場は、今でも家が建ち並び、往時の雰囲気を残しています。

宿内の家並み。



                    
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