目前の80

まだかもうか

精神の緊張は40歳がピークなのか

2017年02月13日 | ほう、へーな話
医院の待合にいると中の会話は丸聞こえである。

先生も患者もせいいっぱいの大声だから。

医 口の中がただれてますからね、キムチのような刺激物はやめてください。そして…
患者 (次聞かずに)私キムチは嫌いですから食べません。
(このあとえんえんと自分の食生活をかたり、医師のその先の話に入れない)
医師 (話が一段落して)それで、飲み薬をだしますから、2週間ほどようすを見てください。そのあとで…
患者 (話し聞いていない)この前のおくすりですが(と別の治療について話始める)

老人の診察は大変だ。こうして時間が過ぎる。はたして医師の話は通じたのか。

そして私は大丈夫なのか。

気分よくたくさんおしゃべりが出来た時、相手の話をどのくらい聞いたか反省しないとヤバイ。

自分の話ばかりの時には、相手の話を聞かないで自分が言いたいことだけを話したからだ。

高齢になるほどその傾向は顕著だと思う。

耳がきこえないのもある。気が短くて相手が話し終わるのを待てない。いつもひとりなので、話し相手が出来ると堰を切ったようにまいペースにはいる。

いろいろ年寄りの側の事情もあるが、結局自分しか見えなくなっているということだろう。

医者に来てまで、大切な説明を聞かないで自分のことを話したいというほどに人は年を重ねると幼稚になるのか。

何かの本で、40歳をピークに人の精神は逆戻りをしていく、とあった。たぶんそれは精神の緊張度のことだろう。

中年をすぎ、あつかましくなるということが緊張を失っている証拠。

80歳になれば精神は幼稚園かせいぜい小学低学年レベルになっている部分がある。

かといって、80年生きたキャリアもあり、むつかしい年ごろといえるなあ。

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