震災後、まもなく1年が過ぎようとしています。
「ありがとう日本! がんばります東北!」というスローガンも目にするようになりました。
被災した現地の生活が、少し形を変えつつも動き出していることも耳にします。
そこで今回、昔、旅で縁のあった土地へ出かけ、新生の商店街を感じてこようと足を伸ばしました。

この日、強烈な寒波に日本海側は大荒れの天気。
東北道をひた走った道先でも、けっこう雪を目にしました。
初日は、震災の2年前、旅先で立ち寄った宮古市田老町へ。
盛岡から山を越えて、『龍泉洞』という美しい洞窟脇を抜けて、太平洋側へ向かいました。

峠の途中、強い寒さが続く場所を通過…。
ダム湖(?)では、凍結した氷の上にテントを張ってワカサギ釣りを楽しむ沢山の人が。
湖面は吹雪いていましたが、色とりどりのテントが可愛らしくて、しばし写真撮影(笑)

寒い季節はしっかり寒くないと、こいった味覚も味わえなくなります。
峠の途中の休憩所で、お買い上げ。↑
さて、東京より9時間。
道沿いの雪がまばらになった頃、ようやく宮古市田老町にたどり着きました。

こちらは、田老町仮設商店街、その名も『たろちゃんハウス』。
様々なお店が、20店舗以上も営業していました。
ちょうど昼時でもあったので、善助屋食堂さんにお邪魔しました。

こちらの食堂の名物は、『どんこ唐揚げ丼』。
どんこの唐揚げが、サク・フワで、温泉卵との絡みも抜群(^^)
ここでの食事が一つの目的でもあったので、何だか感無量でした。
ちなみに夜は、居酒屋にもなるそうです。。
(女将さん、沢山の話と美味しい食事、有難うございました。またお邪魔させて下さい。)
宮古市田老町の仮設商店街『たろちゃんハウス』(宮古市田老町グリーンピア三陸みやこ内)。
ここのロビーに、『復興通信 三陸復興創刊号 宮古版』という無料情報誌が置いてあったので、手に取りました。
その中に、協同組合理事長様のこんな言葉が寄せられていたのを、感慨深く読みました。
「この商店街を、仮設住宅にお住まいの方のみならず、他の地域の皆様にもどんどん利用して頂ければ幸いです。皆様のお越しをお待ちいたしております!」
「他の地域」の解釈は色々あるのは、承知のうえで、あえて。
見物などではない、ボランティアとも違う現地との付き合い方を、少しづつ続けられたらな…と。
これからの街の姿と、変わらぬ風景も一緒に、今後も大切に接していければなと感じています。

数年前。
私は旅の途中で、田老町の民宿に泊まることがありました。
当時、宿の女将さんが、津波のことについて色々と語ってくれたのをよく覚えています。
その次の日の早朝に、散歩がてらに立ち寄った小さな神社『熊野神社』。
小高い場所に佇むこの神社は、津波の避難場所に指定されていました。

左が今回。右が以前来た時のもの。
ここへお参りに来られて、本当によかった。
地域の迅速な回復を祈願し、田老町を後にしました。
つづく
◯参考(過去記事)
> 奥の細道を、めぐる。『岩手編』
> 奥の細道を、めぐる。『宮城編』
被災された皆様へ、お見舞い申し上げます。
現地の沸々たる想いやエネルギにーに、こちらが励まされました。
いつでも、どこでも、東北の景色を忘れません。
お会いした皆様、有難うございました。
ご意見、メッセージ、お待ちしています。
(↑ロゴをクリックすると、メッセージフォームへ。)
画像・記事等を転用されたい方は、一言お声がけ下さい。
「ありがとう日本! がんばります東北!」というスローガンも目にするようになりました。
被災した現地の生活が、少し形を変えつつも動き出していることも耳にします。
そこで今回、昔、旅で縁のあった土地へ出かけ、新生の商店街を感じてこようと足を伸ばしました。

この日、強烈な寒波に日本海側は大荒れの天気。
東北道をひた走った道先でも、けっこう雪を目にしました。
初日は、震災の2年前、旅先で立ち寄った宮古市田老町へ。
盛岡から山を越えて、『龍泉洞』という美しい洞窟脇を抜けて、太平洋側へ向かいました。

峠の途中、強い寒さが続く場所を通過…。
ダム湖(?)では、凍結した氷の上にテントを張ってワカサギ釣りを楽しむ沢山の人が。
湖面は吹雪いていましたが、色とりどりのテントが可愛らしくて、しばし写真撮影(笑)

寒い季節はしっかり寒くないと、こいった味覚も味わえなくなります。
峠の途中の休憩所で、お買い上げ。↑
さて、東京より9時間。
道沿いの雪がまばらになった頃、ようやく宮古市田老町にたどり着きました。

こちらは、田老町仮設商店街、その名も『たろちゃんハウス』。
様々なお店が、20店舗以上も営業していました。
ちょうど昼時でもあったので、善助屋食堂さんにお邪魔しました。

こちらの食堂の名物は、『どんこ唐揚げ丼』。
どんこの唐揚げが、サク・フワで、温泉卵との絡みも抜群(^^)
ここでの食事が一つの目的でもあったので、何だか感無量でした。
ちなみに夜は、居酒屋にもなるそうです。。
(女将さん、沢山の話と美味しい食事、有難うございました。またお邪魔させて下さい。)
宮古市田老町の仮設商店街『たろちゃんハウス』(宮古市田老町グリーンピア三陸みやこ内)。
ここのロビーに、『復興通信 三陸復興創刊号 宮古版』という無料情報誌が置いてあったので、手に取りました。
その中に、協同組合理事長様のこんな言葉が寄せられていたのを、感慨深く読みました。
「この商店街を、仮設住宅にお住まいの方のみならず、他の地域の皆様にもどんどん利用して頂ければ幸いです。皆様のお越しをお待ちいたしております!」
「他の地域」の解釈は色々あるのは、承知のうえで、あえて。
見物などではない、ボランティアとも違う現地との付き合い方を、少しづつ続けられたらな…と。
これからの街の姿と、変わらぬ風景も一緒に、今後も大切に接していければなと感じています。

数年前。
私は旅の途中で、田老町の民宿に泊まることがありました。
当時、宿の女将さんが、津波のことについて色々と語ってくれたのをよく覚えています。
その次の日の早朝に、散歩がてらに立ち寄った小さな神社『熊野神社』。
小高い場所に佇むこの神社は、津波の避難場所に指定されていました。

左が今回。右が以前来た時のもの。
ここへお参りに来られて、本当によかった。
地域の迅速な回復を祈願し、田老町を後にしました。
つづく
◯参考(過去記事)
> 奥の細道を、めぐる。『岩手編』
> 奥の細道を、めぐる。『宮城編』
被災された皆様へ、お見舞い申し上げます。
現地の沸々たる想いやエネルギにーに、こちらが励まされました。
いつでも、どこでも、東北の景色を忘れません。
お会いした皆様、有難うございました。
ご意見、メッセージ、お待ちしています。(↑ロゴをクリックすると、メッセージフォームへ。)
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