幕末気象台

おりにふれて、幕末の日々の天気やエピソードを紹介します。

嘉永七年四月六日(1854年5月2日)京都大火と風向き 

2017-05-15 23:02:23 | Weblog
 只今、【浜浅葉日記】と言う 横須賀の日記の気象デ-タを入力しています。
この日記の特徴は、ほぼ毎日の風向が書かれていることです。
船を利用するためか、風向が記されているのは、多くは浜の日記です。

風向から古気候を復元する企画は、少ないようですがやってみる価値はありそうです。
風向によって夏に太平洋高気圧が優勢か、オホ-ツク高気圧が優勢かがわかるような気がします。

今回はそのような大作ではなく、嘉永七年四月六日(1854年5月2日)京都大火と風向を考えて見たいと思います。
江戸の大火は殆ど、北西の季節風によって引き起こされると言われますが、京都ではどうでしょうか


それでは、京都の大火はどのようなものだったのでしょうか。高木在中日記によりますと

「正九ツ時よりあき御殿より出火、
仙洞様女院様夫より内侍所、台所、紫シン殿夫より段々御所焼失、
天明已後の大火也、八十八や也凡焼失之場所町数弐百五十町余、落蔵四百三十、、」


とあります、正午の内裏から出火して、二百五十町余も焼けたとあります。

それでは、当日の風はどうだったのでしょうか。


快晴、、東風吹【東久世日記】【京都】

晴南風【公私日記】【立川】

晴天風辰巳より吹【高木在中日記】【京都】

朝より快晴無風、昼頃より少々風吹出、追々曇天ニ相成夕方ニ至細雨降来、暮方ハ余程之雨ニて、、夜快晴少々雲在無風【沼津】

南風雨天上リ曇【新島島役所日記】

北気ニ而晴、後ニは大南ニなり【浜浅葉日記】【横須賀】

天気南風【玄蕃日記】【銚子】

天気よし、風【齊藤月岑日記】【江戸】


朝より快晴少々風なりさむし【大高氏記録】【水戸】

朝晴南風、 午正晴東南風、 昏晴西南風、【江戸】


,,と、ここで格好良く天気図を出す予定でしたが、パソコンを新しくしましたら 出来なくなりました。


少ない、デ-タですが、大火当日、京都では、東~東南の風が吹いていたと考えられます。

京都の東~辰巳方向は、四日市~伊勢松坂あたりでしょうか、こちらから風が吹きますと

風は鈴鹿山脈、紀伊山地越えとなり、フェ-ン現象に近いものが京都で起こったのかも知れません。

伊勢松坂では曇り、大垣市では晴夕雨降とあります。

伊勢湾からの風が、上昇気流となり、鈴鹿付近の山系で雨を降らせ、高温で乾燥した風が、京都の大火を引き起こした。

との結論を得たいのですが、史料が不足です。

ただ、江戸と違って、京都では東~東南の風が大火を引き起こす可能性がある。

とは言えるのではないでしょうか。


くわばらくわばら

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みちくさ  250年前の料理復元しましょう

2017-03-25 18:22:25 | Weblog




手元に250年前の料理本があり、読んでいます。
いろいろな料理がありますが、なかなか旨そうです。



写真はふすべわさびの作り方です。

玉子素麺とかは、玉子の黄身をすり潰して、砂糖を入れたお湯の上から、先程の黄身を絹の布の中に入れ搾ると言うものです。


鱒の山吹焼きなどもあって、面白いです。

少し寄道をしておりますが、復元しようと、腕の良い方に頼んでおります。


喰うのが楽しみですな。
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分け入っても 分け入っても 青い山

2017-02-10 12:20:59 | Weblog
ごぶさたしております。

日記の天気デ-タがたまって、入力が追いつかず、失礼しています。



今、未読日記が四冊あります。
宮崎県延岡、兵庫県三田、長野県上田、仙台から御伊勢様の旅日記です。
昨日から宮崎県延岡「胤康上人日記」を読んでいますが、難解で時間がかかっております。



まだまだ、時間がかかりそうです。

つい、山頭火の

 分け入っても 分け入っても 青い山

を思い出してしまいました。








デ-タは膨大にあります。入力が終わることはないのでしょうな~。  嗚呼 

まず、一杯やりながら、良い知恵をだしましょう。  
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献春

2017-01-01 18:02:33 | Weblog
あけましておめでとうございます。
本年も怠惰なブログながら宜しくお願い申し上げます。



時間がありましたので、地元仙台藩の画家菅井梅関
の雪景山水を飾ってみました。
あまり大きくて家には飾れず、店に飾りました。
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木の芽峠の雪 戊辰戦争鍋島藩士従軍記録より

2016-10-30 13:40:25 | Weblog

手元に表紙のない日記風の書物があります。




読み進めてみますと、戊辰戦争時の鍋島藩士の京都~新潟~江戸への行軍記録です。

裏表紙も立派で、それなりの地位を持った人の従軍日記のようですが、名前は分かりません。

鍋島藩士、某氏は慶応四年二月十七日に大津を発し、日記は始ります。

同十八日は雨天で、武佐で昼食、愛智川泊りです。途中の安川と愛川では川水が溢れて所々仮橋が掛けられていました。

十九日は晴天で長浜泊り、廿日も晴天で梁ケ瀬泊りです。

廿一日は今庄に抜ける予定でしたが、雪が深く荷駄と一緒に通行が出来ないため急遽、敦賀経由で遠回りするように通達がありました。


「翌廿一日今庄泊候筈之処、雪深ニ而、荷物其外運送揃通行難成ニ付、夜五ツ半時比我々敦賀泊り」


廿一日は通達通り「此道中平日ニハ中河内道路□処、雪深キ故敦賀え廻り道」しまして無事敦賀で泊りました。





廿二日は今庄までの行軍で、「直々木ノ芽峠大難渋、□□□山中之雪五六尺往来丈□切抜相成居」とあります。

慶応四年二月二十二日は、西暦で1868年3月15日です。この時期で木の芽峠の雪が150cm~180cmあったようです。
予定を変える程ですから、例年と較べてさぞかし積雪が多いことと思いますが、土地勘も無く全く分かりません(分かる方に御教示ください)

ちょっと前になりますが、長浜の林市郎経歴書に、慶応三年、坂本竜馬が福井から帰京する際に「折悪ク、雪中殊ニ深雪ニテ塩津ニ立寄事能ハサリシヨリ、已ム無ク西近江路ヲ経テ帰京セシ次第ナリ」とありました。
(余談ですが、京都や近江にの本堅田に初雪が降ったのは慶応十一月三年十一月三日ですから経歴書が正しいとしますと、竜馬は十一月四日以降に西近江路を帰京したことになります。十一月十五日に暗殺されますから、ほんと直前ですね。)

この史料からも、慶応三年暮れから、四年は琵琶湖北嶺の雪は深かったようです。

この積雪が戊辰戦争時の琵琶湖の膨張につながったのでしょうか。

ともあれ、大難渋して上った木の芽峠で、某氏は「峠之絶頂ニ太閤之茶釜有」とあり、秀吉公拝領の茶釜を見物したようです。

木の芽峠で検索をしますと、未だにこの茶釜は存在するようです。
行ってみたいのですが、木の芽峠はあまりに遠いので、せめて土瓶で燗をつけて雪深い木の芽峠を偲びたいと存ずる。













翌、戊辰の年は琵琶湖の湖水が膨張したのですが、次はこのあたりを調べたいと思っています。



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高津の雪 追記

2016-10-26 20:46:11 | Weblog
追記

八軒家絵巻様によりますと、、『滑稽浪花名所』シリーズを分担した芳梅、芳豊の活動時期が重なるのは安政4年・同5年の2年間である可能性ががあり、「高津の雪」がこの時期に描かれたかもしれない。とのことでした。

早速 安政4年・同5年のデ-タを調べましたが大阪のデ-タがありません。

そこで、京都や大阪近辺の積雪デ-タを調べて見ました。

雪だるまが出来る位の積雪があったと思われるのは、安政五年十二月五日の雪と
安政四年二月二日夜の雪です。


安政五年十二月五日の雪は、京都や大津で五寸の積雪を記録していますが、
晴天【田辺】、晴【鳥取】、雪晴【小倉】、晴【豊橋】、天気よし、尤朝少々宛雪舞【長野市】
などとなっていまして、京都付近のみの局地的な雪と思われます。
大阪に偶々滞在していた、四屋恒之の日記には天気が書いてありませんでしたので、大阪での積雪は
それほどではなかったのかと推測しています。


 次に、安政四年二月二日夜の雪ですが、京都では
曇天八ツ半時より雪降夜同断近年ニ無之雪降ニ候【京都】
晴、夕方より雪入夜四五寸斗【京都】
とあり、翌日には七寸程積もったことが知られます。
他の地域の様子を見ますと、
曇ル、九ツ頃より雪降【岡崎市額田】
雪積むこと六寸強【鳥居日録】【丸亀】
四ツ前より雪降、終日降積候【美祢】
殊之外大雪ふり申候、五寸斗もつみ申候【伊予市】
太平洋側のみならず日本海側でも、
(3日の日記)雪、昨夜三寸斗【鯖江】
(3日の日記)昨夜中より雪降五六寸積重、寒気つよし、四ツ頃より淡陰帯温、四ツ半頃より折々雨降る、、八ツ頃より淡雪等降かち【金沢】
となっていて全国的に大雪に見舞われたようすです。

肝心の大阪のデ-タが無いのですが、程近い池田市の【稲束家日記】には
2日の日記「曇未下刻より雪降近来大雪也。」
3日の日記「夜より雪降今朝ニ而凡五寸積近来稀成大雪也、千載松枝雪ニ而おれ候」
とあり、名物の松の枝が折れた程の大雪を記録して居ます。

高津の雪のモデルは、どうも安政四年二月三日の朝であったような気がします。
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日記と日記で こんにちわ  四谷萬三郎

2016-05-05 14:30:07 | Weblog
手元に小ぶりですが、立派な装填の日記があります。



めくって見ますと、儒者の修行日記のようで、延岡から
江戸まで約二年にわたり各地の儒者を訪ねています。

名前は書いておらず、作者は分かりません。

ただ、竹内豊洲、や森謙蔵など有名な儒者を訪ねており
相当な人物のものではないかと思いました。
そこで、日記の中に作者の手掛かりがないか探してみました。

作者は、安政五年二月十二日 萩城下に入っています。
吉田寅治郎の名前が出てきましたので、うまくすると松陰の日記に名前
が出てくるのではないかと期待しましたが、松陰は入獄中で日記はありませんでした。

捨てる神あれば拾う神あり、などと申しますが、



作者の日記に日田の碩学、広瀬旭荘が萩城下に滞在しており、二月十五日の夕方対面したと書いております。

しめたものです。

広瀬旭荘は膨大な日記を残しており、刊本になっていて、私も幸い持っていました。



旭荘の日記には、二月十五日に延岡の人「四谷萬三郎」に会い芸備播摂の人物を話し、

萬三郎が筆を借りて記録したとあります。

この記事から、作者不明の日記は「四谷萬三郎」の日記であることは間違いありません。

検索をして見ましたところ、四谷萬三郎はなく、延岡の儒者「四谷恒之」が出て参りました。



四谷恒之は日向の人で、字は子固、号を穂峰と称し、

藩校文学寮に学んだ後、江戸の昌平

嚳に入って塩谷宕陰に、次いで森田節斎に学び、延岡藩に

仕えて世子の侍読を務め、維新後は太政官歴史課編修官・

元老院書記官・東京帝大講師等を歴任した儒者


だそうです。

時代と人物から言って 萬三郎が恒之であった可能性は高いと思われます。


四谷萬三郎恒之 だとしますと、この日記は「博物館もの」でしょうか。

いやいや、この頃の薄っぺらな時代では「鳥またぎ」でございましょうな~
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天気から調べる「四国順拝道中記」の書かれた年号

2016-03-06 22:46:04 | Weblog



前々回、写真の「四国順拝道中記」の書かれた年号を、弘化2年か文久2年のどちらかの可能性が強いと
書きましたが、弘化2年には、四国地方の日記が無く、文久二年の伊予松山の米山日記と合わせて見たいと思います。




3月2日 上天気也【四国順拝道中記】【四国、国分寺】  晴天【米山日記】【伊予松山】

3月3日 上天気也【四国順拝道中記】【むれ村】     晴天【米山日記】【伊予松山】

3月4日 上天気也【四国順拝道中記】【本堂山】     晴天【米山日記】【伊予松山】

3月5日 七ツ時より雨ふり【四国順拝道中記】【法輪寺】 雨降【米山日記】【伊予松山】

3月6日 上天気也【四国順拝道中記】【異山寺】     晴天【米山日記】【伊予松山】

3月7日 上天気也【四国順拝道中記】【棚の村】     晴天【米山日記】【伊予松山】

3月8日 上天気也【四国順拝道中記】【大龍寺】     晴天【米山日記】【伊予松山】

3月9日 一日雨ふり【四国順拝道中記】【金打】     晴天【米山日記】【伊予松山】

3月10日 一日雨ふり【四国順拝道中記】【桑野村】     雨【米山日記】【伊予松山】

3月11日 朝はらはらニ而天気也【四国順拝道中記】【徳島】晴天【米山日記】【伊予松山】

3月12日
3月13日 上天気也【四国順拝道中記】【岩津村】     晴天【米山日記】【伊予松山】

3月14日 上天気也【四国順拝道中記】【池田】      晴天【米山日記】【伊予松山】

3月15日 雨少しふる也【四国順拝道中記】【三角寺】   曇天有風雨少々ツツフリ夜有小雨大風吹【米山日記】【伊予松山】

3月16日
3月17日 上天気也【四国順拝道中記】【あこふ村、耕雲寺】 甚温暖【米山日記】【伊予松山】

3月18日 雨ぼちぼちふり【四国順拝道中記】【いわた社】 曇夜雨降【米山日記】【伊予松山】

3月25日 雨風也【四国順拝道中記】【畑川】       雨或休事も有之【米山日記】【伊予松山】

3月26日 天気也【四国順拝道中記】【大屋村】

3月27日 上天気【四国順拝道中記】【前神寺】       晴天【米山日記】【伊予松山】

3月28日 七ツ時よりふり【四国順拝道中記】【小松寺、前川野】 雨折々降有?雷【米山日記】【伊予松山】

3月29日 天気也【四国順拝道中記】【下かつま村】      空有雲夜又雨【米山日記】【伊予松山】

3月30日 大あめ壱日ふり【四国順拝道中記】【善通寺】    雨【米山日記】【伊予松山】



となっていて、良い相関となりましたので、写真の「四国順拝道中記」の書かれた年号は文久二年でいいのではないかと思い

ます。

なんだか、えらくくどくなりましたが、運が良かったようです。

書かれた年号が分かったことで、史料の価値はぐっと高まったと思いますが、値段はそれほど変わらないのではないかと思い

ます。

この記事を自分でよんでもつまりません。次はもっと面白い記事を書かねばと思います。
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高津の雪

2016-02-14 09:13:26 | Weblog
 八軒家絵巻様より、幕末大阪の積雪日についてリクエストいただきました。

八軒家と言いますと、森の石松が三十石舟に乗ったところとしか分からない私ですが、

大阪の中心部なのかと思います。

ところで、リクエストは、歌川芳梅の「滑稽浪花名所」の高津の雪が降った日が

何時だったのかというお問い合わせでした。

  滑稽浪花名所(大阪市立図書館デジタルアーカイブ) http://goo.gl/4f0b4o

早速、万延元年から慶応四年までの大阪での積雪日を調べて見ました。

大阪の日記は、当方のデ-タベ-スに意外と少なく、雪の降った日が確認できたのは、


文久二年十一月二日(西暦12/22)雪少々

文久二年十二月六日(西暦1/25)昨夜半雪、三寸計積ル

文久三年一月四日 (西暦2/22)小雪

文久三年十二月七日(西暦1/15)小雪

文久三年十二月十九日(西暦1/27)雨雪

元治元年一月九日(西暦2/16)雪ちらちらいたす

元治元年一月十七日(西暦2/24)雪ふり出し

元治元年二月六日(西暦3/13)雨雪

慶応元年年二月十三日(西暦3/10)細雪

慶応元年年三月朔日(西暦3/27)昼後雪

慶応元年年十一月二十三日(西暦1/9)雪、池田市は一寸積

慶応元年年十二月六日(西暦1/22)少雪

明治元年年一月二十一日(西暦2/13)雪風

慶応元年年一月二十二日(西暦2/14)早天薄雪

となっております。

デ-タが少ないのですが、大阪はやはり雪はすくないようです。
芳梅の版画が実地に沿って描かれたとしますと、
このデ-タでは、雪だるまを作るほど積雪があったのは、

文久二年十二月五日の夜から六日の朝にかけての雪ではないかと思います。



当方は庭にまだ残雪があります。

大阪の幕末の天気が書かれている日記がありましたら御紹介ください。

嘉永の積雪はデ-タ不足ですみません。





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四国順拝道中記

2016-02-06 15:41:51 | Weblog


写真は「四国順拝道中記」です。書かれた年号も記した人も分かりませんが、何となく幕末の匂いがしましたので、
購入いたしました。 
しるした人は分かりませんが、年号が分かればと思い調べてみました。

中身を読んで見ますと、享和三年の事が書かれていますので、享和三年(1803年)以降の道中記であることは確実です。
二月二十日小浜から書き始め四国巡礼を終え、四月八日京都の記事で終わっています。
まず、月の大小を見て見ますと、二月は二十九日までで、三月は三十日まであります。
本棚から「三正綜覧」をだしてきて、享和三年以降で二月が小、三月が大の月の年をみますと、


文化元年、十年、十一年、十四年、文政六年、八年、九年、十年、十一年、天保元年、三年、八年、十二年、弘化三年、
四年、嘉永二年、三年、六年、安政三年、六年、万延元年、文久二年、元治元年、慶応二年、明治六年、あたりになります。

あとは、道中記に記された日々の天気で年号を調べるしかありません。
ただ、小生の天気デ-タは天保二年から明治五年までしかなく、道中記が
文化元年、十年、十一年、十四年、文政六年、八年、九年、十年、十一年、天保元年、明治六年、
のいづれかだった場合は、分からず、「残念でした」となります。

道中記の中で特徴的な天気を見ますと、三月二十五日 風雨也 とあります。


そこで、三月二十五日に四国で、風雨だった日をデ-タからしらべますと、
まず、天保三年は、
    快晴【土佐】、晴【小倉】、天キ【池田】
となっていて、違うようです。同様に四国付近の天気に当たってゆきますと、
三月二十五日が雨となっている年は、天保八年、弘化三年、嘉永六年、安政六年、文久二年です。

もう少し詳しく天気を見て行きますと、紀州田辺市付近で
         二月二十一日、四時より雨ふり、二十二日一日雨ふり、二十三日上天気
とありますので、合わせて見ますと、弘化三年、安政六年、文久二年がのこります。

また、四国で、巡礼中の三月九日、十日も雨となっておりますので、この天気から、
文久二年または、弘化三年、または残念賞となります。


もう少し楽しんでから答えを出したいと思います。
        

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