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【Pino】10-7

2017-03-20 | SFファンタジー小説
7「小説請負人ハマⅡ」

 今日もまた依頼があった。今回の依頼は小さい頃の夢で歌手になって世界中
を飛び回り、みんなに感動を与える人間になりたいという女性の依頼。

例のごとくあらすじをFAXした。

あらすじ 

川田ミヨリ20歳。職業歌手。 

MIYORIは高校の時所属していた合唱部で歌う事の楽しさを経験した。 

その経験がMIYORIを歌の世界に導く切っ掛けとなった。 

しかし、MIYORIには性格上の問題があった。 

それは他人と同じ事をするのが大の苦手という事。 

だからMIYORIが歌の楽しさを知ると同時に独自の歌が作りたくなり、
ギター片手に作詞作曲を手がけ今では50曲のレパートリーを超えた。 

そのどれもが完成度が高く、プロのアレンジを加えると歌謡史に残るのでは
と専門家先生のお墨付きだった。 

でもMIYORIの意識は違った。 

まだデビューもしていないのに、夢の舞台は日本には無かった。 

そう、頭の中は世界を相手に歌っているMIYORIの姿だった。 

結局、日本の音楽関係者からは「世間知らずの天狗少女」と相手にされず
MIYORIの才能は埋もれてしまった。

だが夢を諦めないという強い意志のMIYORIはバイトでお金を貯め
単身渡米した。場所はニューヨーク。 

昼間はカフェで働き夜はバーのウェートレスをしながら、あらゆる
オーデションに応募するという下積み生活が3年ほど続いた。 

そんなある日の休憩中、店の裏道でMIYORIはアドリブでギターを
弾きながら今の心境をバラード調で歌っていた。 

そこにたまたま通りかかったのがプロデューサーのJ・キングだった。 

彼は大物歌手を何人も世に出した凄腕のプロデューサー。 

「ねえ君、もう一度今の歌やってみてよ」MIYORIは要求に応え歌った。 

じっと聞いていたJ・キングは歌い終わっても微動だにしない。 

MIYORIは「ごめんんなさい。私、休憩終わりだから行きます。
聞いてくれてありがとう」そう言って立ち去った。

J・キングは「この娘には一種特有な波長が感じられる。それは今まで
経験した事の無いものだ。世間に知らしめたい・・・」いつもの感がひらめいた。

彼はその衝撃を抑えきれなくなった。 

その事が切っ掛けでMIYORIは夢のアメリカデビューが叶った。 

そこからが怒濤の勢いでアメリカ、ヨーロッパと瞬く間にMIYORI
の歌は世界を駆けめぐった。 

MIYOという愛称で世界の人気者になっていった。 

日本でMIYORIを批難していた音楽関係者も手のひらを返したように
態度が豹変した。 

「こんな内容でどうでしょうか?」とハマはFAXした。 

先方から返信がきた「ありがとうございます。内容に申し分ありません
感謝してます。ただ、最後は人気絶頂の中、白血病でMIYORIを他界
させて下さい。最後は幻の歌手として終わりたいのです」 

小説は一冊だけ製本され依頼者ミヨリに届けられた。

今日もまたハマのもとに一通の手紙が届いた。


 僕は小林ヤスマサ。

来年定年退職を迎えるごく普通の公務員です。長年自分を抑えて組織に
従ってきた何処にでもいる公務員。

定年退職を迎えるに辺り、僕が若い頃夢見た職業に小説の世界だけでも
いいのでなりたいのです。 

その夢とは芸術家です。僕は長年規則の中で生きて来ました。
規則から外れることを許さない世界です。 

その反動もあり自由な発想の表現者として芸術家を選びました。
結末はどうでもかまいません。 
とにかく破天荒な自分を演じさせて下さい。 

小林ヤスマサ


 ハマは執筆に取りかかった。

 あらすじ 
K・ヤスマサ・年齢不詳・出身地不詳・職業アーティスト。

作風?本人曰く宇宙と風。 

かつて岡本太郎は「どんなものにも顔がある」と表現した。 

彼の場合は「どんなものにも宇宙がある」そんな調子のK・ヤスマサであった。

彼は世田谷の某大学を出たあと、叔父の薦めで世田谷区役所の勤務を
3年勤めたが、性分に合わないと退職し、毎日下北沢・渋谷・吉祥寺あたりで
路上に自分の作品を並べて販売し細々と生活をしていた。 

K・ヤスマサの作風は自分で云うとおり宇宙を意識しているらしいが、
なかなか理解に苦しむものだった。 

右と左が○と□のメガネを作って「宇宙を見るメガネ」と言ってかけてみたり、 
キューピー人形に鉄の鎖を巻き付け「悟り直前(宇宙即我)」
と題し販売したりと一般人の理解を超えた作風だった。

そんなK・ヤスマサにいつも優しく接していたのがイクヨだった。 
彼女には特異能力があり希望者の顔を見て、その人に今一番必要な言葉を
書で表現し販売する書家でもあった。

イクヨの感応能力は学生の間では評判だった。 

そんなイクヨはK・ヤスマサの一番の理解者でもあった。 

路上販売の生活が一年ほど続いた頃、何処から聞きつけてきたのか
大手広告代理店からK・ヤスマサに作品の依頼があった。 

来年竣工予定の駅前ビルの玄関ホール前に「宇宙をイメージした
オブジェを置きたい」との依頼。 

費用は材料費込みで300万円。
 
K・ヤスマサにとっては思いがけない仕事の依頼だった。

その作品を期にK・ヤスマサの名前は徐々に世間に浸透し数年後には
奇才K・ヤスマサと評され、世界的にも徐々にであるが有名な芸術家の
ひとりと評された。 

だが本人は「・・・?何かが違う。何か解らないけど何処かおかしい」
と眠れぬ夜が続いた。 

悩み続けたある日「そうだ!まだ宇宙が見えてない。僕の宇宙はこんな
ちっぽけな型には納まらない!」と悟る時が来た。 

「僕の宇宙は頭の中のその向こうに存在する世界。それが絶対の宇宙!」 

そう言い残しK・ヤスマサは全ての依頼を断ってイクヨと旅に出た。

 数年後、バルセロナの路上で東洋人のカップルが作品を展示販売していた。

女は色紙に筆字で○(調和を表現)を描き依頼者の顔を見てその人にあった
漢字を○の中に一文字書くというやり方で販売していた。 

西洋人には「東洋の神秘」と評され受けがよかった。

一方男性は何時間でも瞑想して目を開けたと同時にいっきに金属の造形に
取りかかった、その姿は西洋人には理解に苦しむものだったが、
作品は安定感のある斬新な出来が受け、こちらも違った意味で評判がよかった。

そんな二人を地元では「オリエンタルイリュージョン」と親しみを込めて評した。

ハマは依頼者にFAXした。

依頼者小林ヤスマサは作品に納得したが注文をだしてきた。 

「作品のあらすじは了承出来ますが、イクヨの神秘性も随所に入れて欲しい」

との依頼がありイクヨの才能も含め小説は出来上がり製本され小林ヤスマサに送られた。

小説請負人ハマの仕事が雑誌に紹介され、数年後には「小説請負人」という
商売が日本にとどまらず世界的にもメジャーになってきた。 

SF・恋愛・サスペンス・童話などなど多彩なジャンル専門の才能ある
小説請負人が、職業として普通に受けられるようになった。

小説請負人という職業のパイオニアはハマであった。
 
この形態のあり方を「ハマノベル」と称され世界の共通語とされた。
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