あれから5か月がたった。
誰でも震災後もうそんなに経ったのだとすぐ理解できるはずだ。
国を挙げて復興に努力しなければいけない時に、国のリーダーはやっと変わろうとしているが、本当に日本の国が震災前以上に変化し、よくなるとだれが思っているだろうか。
TVで震災の報道画面を見る度に、復興に向けて何かしなければと思いながら、何もできない小市民としての力のなさを感じる。
政治はだれもリーダーシップを取らず、被災者の皆さんをまだ置き去りにしている。
地元で被災した政治家がたくさんいるのに、なぜ彼らの声はもっと聞こえてこないのか。
瓦礫を埋め木を植えて堤防を作り、原発から離れている地域は、中国の「新幹線」並みに早急に復興を行わなければならないのに、いまだ進まない瓦礫の処理。
処理にお金もかかるが、省庁の業際の問題、地域の利権の問題、「日本独特の構造」が邪魔をしている。
被災した人たちの思いを考えれば、何を優先しなければならないかわかるはず。
政治の貧困がそこにある。
経済の復興が被災地の活力を生み、雇用を生む。
なぜ早く具体的な復興に着手できないのか。
神戸の経験が全く生きていない。
津波はなかったけれど、原発被災もなかったけれど、新たな課題に即対応するのが政治のはず。
なぜ党派を超えて復興を速やかに行えないのか。
民主党政権の不幸がそこにある。
そのとばっちりは、国民や被災した人たちに重くのしかかっている。
国を挙げての課題解決、根本的なボトルネックの解消は残念ながら期待できない。
ということは日本経済の回復は、考えられない。
世界不況の中で、足を引っ張りかねない政治・経済情勢、こうした時こそ、復興特需といえば言葉が悪いが、復興を契機に内需の拡大を目指す必要がある。
しかし、倹約モードの現在、どのように状況を好転させていくか。
それこそ官、民、学の知識人が一堂に会して、今の行政のやり方ではなく、「がちんこ」で話し合いはできないものなのか。
もう5か月がたった。
原発の完全回復に何十年もかかる今、震災を風化させないでもっと明るい社会や未来を「大人達」は描き、作り上げる責任があるはずだが。
この状況では、国民は期待しないで、絆よりも「個」に回帰する恐れもある。
8月12日、実は日航事故から26年経つ。
小生も大切な職場の先輩を亡くした。
会社にとって大切な人でもあったが、その後企業自身がおかしな方向に行ってしまった。
「あの時、もし、あれがなかったら」誰にもそんなことがあるはずであるが、日航事故と震災、また起こる可能性について、我々はどれほどまでに忘れないで記憶し、対処していけるのだろうか。
これからの日本が、若者にとって住みやすい国であることを切に願う。
自分の残された人生より、若者たちの将来を心から憂う。
そんな寂しい思いにさせる日本に誰がしたのだろうか。
なぜか、虚しい気持になる。
誰でも震災後もうそんなに経ったのだとすぐ理解できるはずだ。
国を挙げて復興に努力しなければいけない時に、国のリーダーはやっと変わろうとしているが、本当に日本の国が震災前以上に変化し、よくなるとだれが思っているだろうか。
TVで震災の報道画面を見る度に、復興に向けて何かしなければと思いながら、何もできない小市民としての力のなさを感じる。
政治はだれもリーダーシップを取らず、被災者の皆さんをまだ置き去りにしている。
地元で被災した政治家がたくさんいるのに、なぜ彼らの声はもっと聞こえてこないのか。
瓦礫を埋め木を植えて堤防を作り、原発から離れている地域は、中国の「新幹線」並みに早急に復興を行わなければならないのに、いまだ進まない瓦礫の処理。
処理にお金もかかるが、省庁の業際の問題、地域の利権の問題、「日本独特の構造」が邪魔をしている。
被災した人たちの思いを考えれば、何を優先しなければならないかわかるはず。
政治の貧困がそこにある。
経済の復興が被災地の活力を生み、雇用を生む。
なぜ早く具体的な復興に着手できないのか。
神戸の経験が全く生きていない。
津波はなかったけれど、原発被災もなかったけれど、新たな課題に即対応するのが政治のはず。
なぜ党派を超えて復興を速やかに行えないのか。
民主党政権の不幸がそこにある。
そのとばっちりは、国民や被災した人たちに重くのしかかっている。
国を挙げての課題解決、根本的なボトルネックの解消は残念ながら期待できない。
ということは日本経済の回復は、考えられない。
世界不況の中で、足を引っ張りかねない政治・経済情勢、こうした時こそ、復興特需といえば言葉が悪いが、復興を契機に内需の拡大を目指す必要がある。
しかし、倹約モードの現在、どのように状況を好転させていくか。
それこそ官、民、学の知識人が一堂に会して、今の行政のやり方ではなく、「がちんこ」で話し合いはできないものなのか。
もう5か月がたった。
原発の完全回復に何十年もかかる今、震災を風化させないでもっと明るい社会や未来を「大人達」は描き、作り上げる責任があるはずだが。
この状況では、国民は期待しないで、絆よりも「個」に回帰する恐れもある。
8月12日、実は日航事故から26年経つ。
小生も大切な職場の先輩を亡くした。
会社にとって大切な人でもあったが、その後企業自身がおかしな方向に行ってしまった。
「あの時、もし、あれがなかったら」誰にもそんなことがあるはずであるが、日航事故と震災、また起こる可能性について、我々はどれほどまでに忘れないで記憶し、対処していけるのだろうか。
これからの日本が、若者にとって住みやすい国であることを切に願う。
自分の残された人生より、若者たちの将来を心から憂う。
そんな寂しい思いにさせる日本に誰がしたのだろうか。
なぜか、虚しい気持になる。
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