おいちゃん

思ったこと、感じたことをだらだらと

親の幸せ

2017-10-09 23:28:17 | 日記
孫を抱いたときに思った。
「ああ、頑張って来て良かった。」
たとえようのない幸福感に包み込まれた。
孫を抱っこして、本当に幸せそうな満面の笑顔の妻を見ていてもそう思う。
とにかくかわいいのである。
子とはまた違ったかわいさなのである。
いったい何なんだろうって思うくらい。

ほとんどの親の幸せは、やはり、孫を抱きしめることだと思う。
何十年、それなりに苦労もして来て、懸命に育てた子がつないだ命は、やはり自分の命の延長なのだ。
しかし、価値観の多様化なのか、結婚をせず、子供も持たない人がいる。
独りで気楽に生きたいと言っている人もいる。
若い時はそれでも良いし、事実楽しいと思う。
しかし、歳をとり自分の最期が見えてくると、心境は一変する。必ず。
大丈夫と言っていても、やはりそれは単なる強がりなのだ。
独りで死ぬ、本当の寂しさを知らないのだ。
そして、死んでも独りが続くのだ。
誰も供養してくれない、法事もしてくれない、墓参りもしてくれない・・・

その命をつないできてくれた先祖への感謝は、さらに命をつなぐことにある。
それは、自分のためである以上に、頑張ってくれて来た先祖のためでもあるのだ。

親に感謝し、もらった命をしっかりとつなぐこと、それ以上の孝行はない。
そこに価値観を見出してほしいと思う。
独身を謳歌する若者が、気づき行動してくれたなら
今この国を襲う、少子高齢化に端を発する多くの問題と課題は難なく解決すると思う。
誤った価値観がもたらした現状に対して、先人たちが怒っている気がしてならない。
こざかしい「人口の取り合い」みたいな政策なんか、何の解決にもならない。
先人たちと同じ価値観を取り戻し、素直に命をつなぐことを実践するほかはないのである。
親を幸せな気持ちにしてあげる。
そこに「子の幸せ」もあるのである。

ただ、どうしても子を授かることができない人もいる。
しかし、親は、その思いを理解しているし、責めたりはしない。
だから、卑下することはない。
与えられた人生を全うして、子が幸せだと思って生きていればそれで十分に孝行になる。

さて、最も親不孝なことは、親より先に死ぬこと。
病なら致し方ないが、自ら命を絶つことなどは親不孝の極みなのだ。
親は、死ぬより辛く悲しく苦しい余生を送ることになる。
そんな親の心情を考えたら、自殺なんて考えられるはずがない。
自己中も甚だしい。

命を授かった者として、果たさねばならないことを果たすことを忘れてはいけない。
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