アナーキー小池の反体制日記

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#2286 ボクが職場で出会った理不尽な出来事 ④

2017年04月19日 | 市内の話題
このシリーズ、前回 不潔なものが混入し中断しましたが、再開します。

このマチ滝川市は、都市計画事業の一種である市街地再開発事業を行っています。
ボクが就職した40数年前にすでに事業着手していた駅前再開発事業が最初です。(当時、まだ工事は行われていませんでしたが)
全国的に駅前の再開発が、盛んに行われていた時期でもあります。

市街地再開発事業や土地区画整理事業には、地方自治体が事業主体になるものと、関係住民が組合を作り事業主体になるものの2種があるのです。
滝川市の駅前再開発事業は、関係住民が組合を作って施行する方式でした。
しかし実態は、市が実質的事業主体として施行されました。
全国の田舎マチで多く行われていた手法です。

滝川市も多くの職員が駅前再開発事業に従事させられました。
本来の事業主体である関係組合員は傍観者のようにあ~でもない、こ~でもない、と文句ばっかり言っていました。
担当職員は、酷(ひど)いストレスの中、よくやったものだと思います。

十数年後でしょうか?ようやくビルが完成し、全国展開していたスーパーマーケットがメインテナントして入店し、順調なスタートを切ったのです。
ところが、全国的な現象ですが田舎マチの市街地にあるスーパーは郊外店に客を奪われ、採算が取れなくなったあげく、撤退していったのです。
滝川市の駅前ビルのメインテナントである量販店もサッサと撤退しました。

組合施行の民間事業だったにもかかわらず、市が出しゃばって事業主体みたいな振る舞いをしていたものだから、メインテナントが去って閑古鳥が鳴く駅前ビルを何とかしろ!という声が市民や市議から多く寄せられているのです。
全国の田舎マチの駅前ビルは多くが同じような状況に陥られていますので、ことさら当時のこのマチの対応を批判することはしません。
しかし、時代の流れを読み間違っていたのは事実です。
郊外店が次から次へと出現し、市街地の駐車場も無いところになど、年寄しか買い物に行きません。

しかしもっとまずかったのは、同時期に滝川市が国道12号のバイパス道新設に異を唱えなかったことです。
異を唱えなかった、どころか早期の造成を願う請願までしたのです。
40数年前、近隣の岩見沢市で国道12号のバイパスが出来ました。
そのおかげでバイパス沿いに郊外店が林立し、旧市街地はすっかりさびれていたのです。
こんな状況は、滝川市民も多くが知っている事実でした。
滝川市に国道のバイパスが出来たら岩見沢市みたいになることって、自明だったのです。
不思議なことに、この9マチの商工会議所ですら国道12号バイパスを歓迎してました。
もちろん滝川市会議員も。

・・・
駅前再開発ビルが苦境に陥ってからです。
滝川市は更なる愚行を行おうとしたのです。

ボクが滝川に来る前から、このマチには当時としては立派な店舗があったのです。
金市館と高林デパートという名の田舎としては大きなビルです。
30数年前までは、近郊のムラの人も含め多くの買物客でにぎわっていたものです。
ところが、郊外店の進出で客が減り、金市館は閉店し、もう一店も廃業寸前の状態に陥ってしまいました。

そんな頃、滝川市の商業部局は不埒(ふらち)な計画をぶち上げたのです。
金市館と高林デパートのある部分を再開発事業により整備しよう、とするものです。
駅前再開発同様、民間の組合方式なんだけど おせっかいにも市が主体となって事業を進める手法です。
駅ビルも不況に陥っていましたから、駅ビルと、駅ビルと金市館と高林デパートを含む沿道商店街の振興を図る、とされました。
市の商工部長は、駅ビルと金市館・高林デパート部分を極と捉え、その間の沿道商店杯を軸と捉えました。
そして”滝川市の商業の発展・維持のためには、この2極1軸の強化しか方策は無いだ!”と申すのです。
”2極1軸”と九官鳥のように鳴き叫んでいました。
旧市街地の振興なんて、バイパスの開通時にあきらめなければならないことなはずなのに。

ボクたち有志は2極1軸構想のことを2キンタマ1チンポと捉え、キンチン構想と呼んで嗤(わら)っていました。

この件、続きます。
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