アナーキー小池の反体制日記

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#2124 中学クラス会 ④ 故郷の様子(下)

2016年11月08日 | 昔の思い出
競走馬の牧場を経営している同級生が二人来ていました。

ボクの見知っている報道では、競走馬生産牧場は胆振の社台ファーム系が席巻して日高の牧場は悲惨な状況にある、とされています。
社台ファーム系の優勢は続いているのだけど、新馬の売れ行きはずいぶんと上昇し、日高の牧場も良いところはいいのだそうです。
近年はお金持ちが新参の馬主希望傾向があって、競り市で新馬が高値で取引されているようです。
2人の牧場主も景気がいいようでした。

馬の飼い方が昔とは変っていることを聞いてびっくりしました。
ボクは牧場に囲まれたところに生まれ育ちましたから、昔の馬の飼い方を知っています。
朝早くに厩舎から馬を引き出し、牧場に放ちます。
夕方にその馬を厩舎に連れ戻り、ブラシをかけたり、夜遅くに餌を与えたりしていました。
昼間だって、雨が降ってきたら大急ぎで馬を厩舎に取り込んだものです。

今は夜、馬を放牧場に放しっぱなしなのだそうです。
もちろん冬期間は厩舎に入れるのだけど、今時点でも放牧しているというのですから驚きです。
日中に一時、馬を厩舎に入れ世話をしたり餌を食べさせるのだそうです。

コペルニクス的発想の大逆転と思いきや、欧米では昔から一貫してこの飼い方なのだそうです。
牧場での作業がずいぶんと楽になりました。
そして、このことは馬にとってもいいことなのです。
元気な子馬が生まれるのだそうです。
なぜもっと早くこの飼い方に取り組まなかったのかと、悔やんでいました。

放牧されている馬は夜、外敵の襲撃に備えて横になって寝ることをしないのだそうです。
草を食べたり立ったまま寝たりしています。
明るくなると日向(ひなた)に現れ、脚を投げ出し眠るのです。
こんな自然の生活が馬の健康にいいようなのです。
昔より健康な子馬ができる、との評価が定まっているようです。

なぜ今まで、夜になったら厩舎に入れる、そんな面倒な飼い方をしていたのでしょうか?
日高は明治初頭の開拓使の時代から軍馬の生産を担わされていました。
当時は狼(おおかみ)が生息していました。
家畜が狼に襲われる事件が頻発していました。
夜に放牧していると狼に食べられてしまうので厩舎に入れた、のではないでしょうか。

狼を絶滅させてしまったことは、自然の形態を乱してしまいました。
今、北海道に狼を復元させよう、との構想があります。
鹿が増えすぎてしまっています。
狼が復元されると、また夜に馬を厩舎に戻さなければなりません。
自然主義を標榜するボクは、どちらが良いのか迷ってしまいます。

彼らの牧場には放たれた馬とともに鹿の群れが一緒に草を食んでいるのだそうです。
そして彼ら牧場主は、その風景を微笑(ほほえ)ましく見ているのです。
なんとのどかな風情でしょう。

・・・
故郷の三石は農林水産が全てそろった一次産業のマチです。
競走馬生産はもとより、ミツイシ牛として評価が定まった畜産も好調で、なおかつ花卉栽培も盛んに行われて、思っていた以上に活況を呈しているようです。
故郷を深く愛するボクはホッと安心しているのです。

続きます。
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