アナーキー小池の反体制日記

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#2288 ボクが職場で出会った理不尽な出来事 ⑥

2017年04月21日 | 市内の話題
脱線しちゃってるけど、ナカエ君の一本筋が通った うらやましい生き様を記します。
彼は日高の様似町に生まれ育ちました。(ボクの母も様似町の生まれです)
ボクは高校に入学するまで彼を知りませんでしたが、母は以前 彼が幼少の頃からデキが良いことを聞いていたようです。

高校でもデキが大変良かったのです。
陸上部や生徒会活動を熱心にやりながら、帰宅してからはアルバイトを毎日のようにしていました。
勉強などとてもするヒマなんてないはずなのに、成績はいつもトップでした。
模試などで東大に楽々合格できる成績を得ていたので、教員などから東大受験を薦(すす)められていたのですが、万が一落っこちたら浪人することが出来ない、として彼にとっては安全パイの京都大学を受験しました。
当然のように京大工学部に合格しました。
卒業して本田技研の開発研究所(正式名は違うかも知れません)に就職したのです。

しかし1年か2年で退職しました。
組織に縛られて一生を終えるなんて真っ平ゴメンだ!と言って。
実はボクの弟も本田技研開発研究所に勤めていたんですが、数年で退職しました。
弟の卒業大学はナカエ君の京都大ではなく東京理科大でしたが、その組織(ホンダ)は電通と同様、前近代的でイヤラシイ企業風土を持っていたのかもしれません。

退職する前に彼は考えたのだそうです、組織に縛られない生き方をするにはどの職業に就けばいいのかを。
その結論は、医師になることだったのです。
医師になっても医局などに居つかず、開業医となることに決めたのです。

決めたのはいいけど、医師になるためには大学の医学部に入学しなければ、ことは進みません。
タクシーの運転手をしながら、数年ぶりとなる受験勉強をしました。
東京医科大学だったと思うのだけど、そこに入学し医師免許をとって少しは研修医として勤めたのでしょうが、それから札幌に医院を開業したのです。

彼は、彼の本望を成し遂げた生き方をしています。
ボクも彼同様、組織に縛られた生き方をしたくありませんでした。
でもボクは、彼のようにデキが良い訳ではなく、体力がないため肉体労働もできかねます。
生活のため、仕方なく仕事を続けたんだけど・・・彼の生き様がとてもうらやましいのです。(定年前にリタイアしちゃいましたが)
若い頃、ナカエ君の生き方を聞いて、ボクはボクなりに一本筋の通った生き方をしたいものだ!と思ったものです。
少なくとも、いやらしい組織の風潮に流されることなく、人としての尊厳を保って生きていこうと思ったのです。
おもねたり、へりくだったり、群れたりするポチのような生き方だけはしまい!と、再確認したのです。
強い者にはポチのようにゴマをすり、弱い者には威張りくさる、そんな存在を嫌い、正しいことは正しいと主張し、誤ったことは誤りだと糾(ただ)す、ボクの職業人としての立ち位置が定まったのです。

・・・
脱線はここまでにします。
3・3(サンザン)地区の、昔 起こった再開発騒動に戻ります。
結果としては、幸いなことに計画は頓挫しました。
もちろんボクが抵抗したためではありません。
議会や経済界などから、懸念の声が大きくなってきたため、だったのでしょう。

今、その3・3(サンザン)地区、本当の意味での組合方式の再開発事業が行われています。
順調に進んでいるのかどうか知るところでありませんが・・・それはそれでいいのです。
再開発事業や区画整理事業は、真に事業を起こさなければならないときのために、行政が主体となってやることが出来ることになっています。
それ以外は関係者が主体となり施行するのが当たり前なんですが、どうも行政は”仕事を創る事”に快感を求めているようなんです。

放っておいたら、いらぬおせっかいを焼いてしまう、そんな性癖を持つ、北海道開発局のようないやらしい性質があるようです。

ボクが職場で出会った理不尽な出来事シリーズ、市街地再開発編を終えます。
シリーズはまだ続きますが、しばらくブレークタイムです。


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