第八芸術鑑賞日記

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天然コケッコー(7/28公開)

2008-06-27 02:55:38 | 07年7月公開作品
 08/1/30、目黒シネマにて鑑賞。7.0点。
 一度はスルーしていたがあまりの高評価に名画座で落穂拾い。
 確かに観ないなら観ないで済ませてしまえるが、さりげなさを装いつつ驚異的な映画のセンスを見せつける山下敦弘という監督の手腕には、ひたすら惚れ惚れさせられる。あと完成と同時に夏帆の生涯の代表作になることも決定。
 くらもちふさこの少女漫画が原作(未読)。田舎町を舞台に、全校生徒六人の分校でのんびり暮らしてきた主人公の少女と、東京からやって来た転校生男子との思春期の淡い恋愛もの……という紹介の仕方をすると、ありふれた癒し系青春ドラマにしか思えないが、そして実際そう観てしまうことも可能だが、しかしそれだけを見て取るのではあまりに勿体ない。
 否応なしに想起させられるのは、同年公開の『松ヶ根乱射事件』。同じく田舎を舞台にした同作で閉鎖的な共同体ならではの嫌らしさを描き尽くした山下は、本作でもその毒を封印したわけではない。「シゲちゃん」絡みのシーンに常についてまわる不穏さは、ある意味で『松ヶ根~』のどんなシーンよりも緊張感を有している。同年代の異性もいない(いても少ないだろう)田舎町で、自意識の持って行き場を持てずにいる彼の存在は、決して悪い人としては描かれていないにもかかわらず、出てくるたびに危うさを感じさせる。廣末哲万という役者(初めて観たが、監督業も手がける若手らしい)の凄みは圧巻だ。この怖さを感じ取れずに、本作を「心地よい」だとか「健全」だとか安易に言ってしまう人がいるのは信じがたいとさえ思う。
 しかしそれでも、本作が全体として持っている穏やかな空気は開放的で美しく、万人に愛されるにふさわしい。何といっても素晴らしいのは牧歌的な情景を切り取ったロケ撮影で、人物を映さない(動きのない)いくつかのショットを淡々と繋いだだけでタイトルをクレジットするオープニングから始まって、素朴で嫌みのない(しかし計算ずくの)風景を観客の眼前に広げてみせる。人物に寄らないロングショットを多用して、大きな自然の中に人間がパラパラと存在しているような印象を与えるのも巧い。ローアングルから開けた空を映すのも計算だろう。絵に描いたようなこれらの情景は、田舎を理想化したイメージでしかないのかもしれないが、人間を描く段になると決して理想化を施さない山下演出に対して、「風景の美しさによって作品全体の爽やかさを担保する」という役割を果たしている。
 というわけで、淡々とした風景の撮影とは対照的に、人間を撮る際には、叙事ではなく叙情、どこまでも心情描写を信条とした映画である。プロット上では決して大事件を起こさず、ただただ小事件たち、エピソードの連なりのみで主人公の心情をはっきりと描き出してしまう。この巧さは凄いとしか言いようがない。お祭りでの涙とか、その後のトラックの荷台での居心地の悪さとか、カメラの構図と編集の加減だけで完璧に表現できている。ただし、キャッチに使われている「もうすぐ消えてなくなるかもしれんと思やあ、ささいなことが急に輝いて見えてきてしまう」というモノローグだけは、あぁ語らなくても伝わってるのに、と惜しい。
 ともあれ山下は映画が「わかっている」んだろうなぁということが、あらゆるシーンからひしひしと感じられる。そんな山下演出の真骨頂はやはり、ここぞというところでのロングショットの長回しで、「チューしてもええよ」「えっ?」というやり取りのシーンだとか、終盤で土手に座って話すシーンだとか、切り返しを用いずにちゃんと長回しで見せてくれるのが心憎くてたまらない。こういうところでカットの切り張りと表情の演技に頼らず、会話の「間」こそが最も優先して表現されるべきものなんだという強い主張。映画ってものが完璧にわかっているんだろうな、と。「チューしても~」の台詞とか、並の人間なら間違いなくアイドル映画的に表情を撮ろうとしてしまうところ、真横からしか映さない、その禁欲的なまでの演出。
 で、逆に切り返しを使っている場面はどういうところだろう、と探してみると、たとえば前半、橋の上で花を供えるシーンとか、修学旅行の朝、寝起きで呼ばれるシーンとかなんかに見られるのだが、ここでアップで捉えられる夏帆の表情というのが、虚をつかれて驚いた顔なんである。この選択がまた巧くて、夏帆の一番得意な表情を捉えているんじゃないかと思う。笑顔や泣き顔のうまい女優はたくさんいるかもしれないが、こういうちょっと呆けたような、顔面筋の緊張を解いてしまった表情をさらっと見せて魅力的なのが個性だろう。全体に眼の演技に素晴らしいものがあるように感じるし、これから最も注目したい若手女優の一人であるのは間違いない。作品に恵まれてほしいなぁと心から思う。
 相手役の岡田将生も十分以上の働きだし、佐藤浩市、夏川結衣、大内まりらは堅実で安心して観られる。オーディションで選ばれた子役たちや、自然体で楽しそうに演じている学校の先生たちもいい。
 ストーリーそのものは最初から最後まで他愛ないといえば他愛ないまま進み、心情描写重視であることを強調するかのように、敢えてドラマチックな盛り上がりを排している。脚本の渡辺あやはこれが『メゾン・ド・ヒミコ』('05)以来の仕事だが、相変わらずバランス感覚に素晴らしく秀でていて、安心して物語に身を委ねさせてくれる。好印象だったのは、理想化された田舎のイメージに対して、修学旅行先として出てくる都会(東京)についても、「いつか仲良くなれるかもしれない」と言わせる点。それから最後のキスでは、所詮中学生の恋愛ごっこだ(まぁお互い他に対象のいない恋だし)という視点まで見せて憎い。
 レイ・ハラカミの音楽とくるりの主題歌も世界観にきっちり合わせた仕事でさすが。
 山下敦弘、渡辺あや、夏帆、これからの日本映画界に大きな足跡を残す(べき)三人の初期代表作として、記念すべき名作。
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1 コメント

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お邪魔します (マーク・レスター)
2009-04-30 00:07:16
レビューを興味深く拝見いたしました

“終盤で土手に座って話すシーンだとか、切り返しを用いずにちゃんと長回しで見せてくれるのが心憎くてたまらない。”

同感です。印象深いカットでしたね。

ボクも今作のレビューを書いておりますので、トラックバックをさせて下さいませ。

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