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勉強って何?その125の2

2016-11-12 07:14:04 | 日記

2016年11月12日(土)の読売新聞の記事

25面   教育ルネサンス  学びの格差3  一人勉強の習慣づけ

経済的な理由で学習塾に通えなかった男子生徒が第一志望の県立高校に進学(とは入学試験に合格)出来たというお話が、掲載されている。

効果的な指導をしている学校の7つの特徴」という「7項目のリスト」も掲載されていて、

経済的に苦しい家庭などが多い地域で児童生徒の学力が比較的高かったの学校には、家庭学習の丁寧な指導や放課後の補修、活発な教員研修

といった七つの特徴がある・・・・・・・・(中略)……家庭環境の格差を教育格差につなげないためにも学校の指導は重要だ と訴えている。

 入学試験に見事に合格しておめでとう・・・・・・・って、ほんとうにおめでたいのだろうか?わたしにはそうはおもえないのである。

志望校に合格した学力って、はたして「本物?」 なんでしょうか?それって、本当に「彼自身のために」役に立ってくれる(=力になってくれる)もの

なのでしょうか?世間の評価にしたがうと、県立高校進学=そのレベルの知力がある、となるのでしょうが、それが世間ではたして通用するか?

となりますと、かならずしもそうではないのです。世間様は案外と「冷たい」のであります。そういうギャップをみなさんご存知でしょうか?

「いまの『四定』ってこんなもの?!」(四定とは4年制大学卒の定期入社者=正社員とよばれる人を指す)という「落胆」をいくども味わった経験が

あるからです。「今の学校って何を教えているの?」といわざるをえないのですよ。トランプ流暴言を言わせてもらうと「役立たずなやつ」「お荷物!」

ってことになるのです。即戦力にはすぐになれないのは承知ですけれど、一人前にするにはかなり手間・暇・労力がいることになるのであります。

自分たちが入社したてのころと比べてかなりの程度差があるのを実感するのであります。

実社会には、入学試験のような「正解や答」はありません。あるのは「自分が正しいと思う解答」であります。ですから、失敗なんてあたりまえで、そんな

ものでへこんでなんていられないのですよ。相手方が「よし!」としてくれる「もの」がすなわち「正解で、答え」なのですから・・。

優秀って、学校のレベル・ラベル?いまそうした見方じゃないですか。ある学校に通っていると「できるやつ」とみなされ、あさっての学校にかよっている

と「それくらいのやつ」としかみていない。学校の評価=人の評価って「=で繋がる等式」なんでしょうか?

学習塾がこれだけ繁栄している今の現状を見ていると、人の評価がどのようになされているかがみえてきます。

そんな観方のなかだからこそ、学習塾に通えなかったハンデを乗り越えてという美談がうまれる。これすなわち「反面教師」じゃないですか!

これが当たり前の世の中ってどうなんでしょうか。はたして健康・健全って言えるんでしょうか。

 

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