泉大津市会議員  ただち恵子です

私の市政報告、毎日の活動、そのなかで思うこと.




言葉の力

2016-08-27 21:13:30 | つぶやき
3週間の入院生活で、たったひとつ辛いことは夜、眠れないことでした。

自力で動けるようになってからは、できるだけ昼間は昼間らしく過ごすようにしていましたが、なかなか寝付けず。少し眠ったと思っても時計をみたら「5分しかたっていない」ということも。長い夜がなにより憂鬱でした。

昨夜は初めて、「ちゃんと眠れた」という気がします。「寝る」ことにも、体力がいるのかもしれません。ぐっすり眠れることも、身心の回復なのだとしたら、ちょうど家に帰れる体になったのかと思います。

それ以外は、3週間をふりかえって、本当に気持ちよく過ごすことができました。

定期的に訪ねてくださる看護師さんが、病室を出るときに「何かあったら言ってくださいね。」「またいつでも呼んでくださいね。」と、いつもいつも声をかけていかれます。
その「言葉の力」、安心感と暖かさ。とても大きなものだったことを感じています。心から「ありがとう」。

そして、私の3週間を支えてくれた人たち。見守り気遣ってくださった皆さん。いつも私がしてきた仕事、役割を、代わって引き受けてくれた仲間たち。そんな皆さんに、心から「ありがとう」。
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最後のリハビリ

2016-08-26 19:28:47 | つぶやき
終末はリハビリはないので、理学療法士の先生についてもらうリハビリは今日が最後でした。

こんなに短い間に、力がついて動けるようになる回復力に、自分の体ながら感心しています。

写真は、同じ手術を経験した先輩が貸してくださったものです。思いの外、使う期間は短くてすんだのですが、助かりました。

9日の午後、手術

翌日10日。リハビリ開始。車椅子は座ってみただけで、最初の一歩から歩行器で。ただし最初は足より腕に力が入ってました。

10日から12日はベッドへの昇降が自力でできなかったので、介助、見守りをしていただくことが必要でした。

13日。ベッドへの昇降も靴を履くこともできるようになり、ナースコールを押さなくてもよくなりました。

15日。歩行器から杖に。

17日。術後8日目で杖もなしで歩くことになりました。

18日から階段の登り降りも。

毎日歩ける距離が伸ばしても、疲れを感じなくなりました。どこまで続くのか?と感じた廊下。ウソのようです。

車椅子から歩行器、杖、杖なしと、ステップ・アップは、理学療法士の先生が見極めてくださいます。

以上は私の場合ですが、標準よりはかなり早いようです。普通は、3週間たって杖がいる状態で退院するようです。

歩くのが好きだったこともあり、脚に力が残っていたのかもしれません。

64年間、体を支えてくれた脚も、これから何十年かお世話になる新参の人工関節も感謝して大事に使います。

まだまだこの脚で行きたいところがあります。
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「戦争のほんとうの恐さを知る財界人の直言」

2016-08-25 21:27:24 | つぶやき
著者は憲法9条2項をめぐって「国民は2度と戦争はすまいと決意した。しかし支配政党は・・・一度もそんな決意はしたことがない。」「国民と支配政党とのねじれ現象」 と言う。

「9条2項の旗はボロボロになりました。・・・しかし、国民は旗竿を放さないのです。ボロボロになった旗でも国民はその旗竿を放そうとはしない。それをいま放せという形で国民に迫っているのが憲法『改正』の現状なのです」



本書の初版は10年前。自らの戦争体験を語り、渾身の力をこめて憲法「改正」の動きに警鐘をならした講演の記録。

集団的自衛権行使容認、安保法制=戦争法で、旗はますますボロボロになった。

「それでも旗竿を放すな!」と、語りかけてくれている。

著者;品川政治(経済同友会終身幹事、国際開発センター会長、日本興亜損保社長・会長など。2013年8月死去)

発行所;新日本出版社
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空と花と子どもたち

2016-08-24 19:36:37 | つぶやき



今日も○ちゃん、○おクンが来てくれました。
私のお気に入りの、屋上庭園に案内します。
1週間前に来てくれた時は、手をつないで歩けませんでした。
それにしても、この庭園、いつ来ても人に会いません。風も気持ちがいいです。
お花もきれいです。
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リハビリが楽しい♪

2016-08-23 20:46:10 | つぶやき
「今日は○時から」と、毎朝リハビリの時間を知らせてくださいます。

正味45分位ですが、その時間が楽しみです。昨日よりも今日、毎日体が動くようになることを実感できます。

昨日はベッドの上で初めて自力で手術した右足が上がりました。

今日は階段を手すりを使わずに登り降りしました。

続けて10分程度歩くのは、平気になりました。

次の日曜日、28日に退院が決まりました。

入院生活を応援してくださった皆さんに感謝です。
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医療・介護の負担増プログラム

2016-08-22 21:53:01 | つぶやき
病室に届けていただいた、今日の新聞「赤旗」の一面。

「世代間の公平」の名のもとに、高齢者も現役世代も負担増が繰り返されてきた。

それ加えて「患者選択」・・・「選べますよ」と言いながら、保険外負担を増やす。

まさしく「命を脅かす」もの。
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入院して2週間たちました

2016-08-21 20:26:40 | つぶやき


早いもので2週間です。

日曜日はリハビリもないので、自主的リハビリを兼ねて、屋上庭園へ。

雲はゆっくりと形を変え、いつのまにか消えていきます。

黄色のバラ一輪。小さな花に命の輝き。

日影のベンチに腰をおろして、風に吹かれて。ゆったりとした時間が流れます。


携帯にいただく相談の電話。電話で済む用事は、いいのですが。

訳を言って少し待っていただくことも。

元気になった分だけ、いろいろ気になります。
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「世界の『平和憲法』新たな挑戦」

2016-08-20 20:50:22 | つぶやき
目次より

世界に広がる9条と国際連帯

外国軍基地も軍隊もなくした新たな憲法

法と市民の力で実現する『武器・核なき世界』

アジアからみた日米安保

みえてきた『武力によらない平和』のつくり方

著者;笹本 潤(弁護士 「9条世界会議」発起人のひとり)

発行所;大月書店
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「歩いても 歩いても」

2016-08-19 18:09:21 | つぶやき
血のつながった親と子、縁あって家族となった男と女、おとなと子ども、いろんな想いを抱えながら、織りなす人と人との触れ合いや葛藤。
父、母を亡くしてから気がつく様々な後悔。「人生はいつも、ちょっとだけ間に合わない」というのは、ほんとだなと思いながらページを閉じた。


著者;是枝裕和

発行所;幻冬舎
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屋上庭園

2016-08-18 17:05:38 | つぶやき



リハビリは順調で、昨日から杖なしで歩く許可が出ました。

まだまだ、さっさと歩くところまでは行きませんが、かなりの距離を歩きました。
階段の練習もしました。

エレベータの中に貼ってあった「屋上庭園」のポスターを見て、行って見たいと思っていました。

ナースステーションで、許可をいただいて行ってきました。

暑さの中でも、きれいに咲いた花たちが迎えてくれました。

外の風に吹かれ、雲を見上げ、色とりどりの花壇に癒されました。
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「石巻赤十字病院の100日」

2016-08-17 17:07:46 | つぶやき
入院中のベッドで読んだ2冊目。

自ら被災しながら、家族の安否情報も確認できないなかで、救える命をひとつでもたくさん救うために、働いた病院職員の皆さん。

災害拠点病院としての役割の発揮のためには、そこに至る積み重ねがあった。

著者;赤十字病院➕由井りょう子

発行所;小学館
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術後1週間

2016-08-16 20:17:21 | つぶやき

今日は○ちゃんと、○おクンが来てくれました。

1週間前、手術の当日、バイバイした時は私はベッドの上で、酸素マスクをつけていまた。

1週間でこんなに元気になりました。
まだ○クンの歩く早さにも追いつけないし、杖の助けを借りて3本足。

リハビリがんばってます。
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外の空気、1週間ぶり

2016-08-15 22:03:56 | つぶやき
今日から昼間は歩行器卒業、杖で歩いています。

午後のリハビリで外へ出ました。
いつも車を停めていた駐車場を通って、裏口から病棟へ入るわずかな区間ですが、2往復。

暑いけどやっぱり、外はいい。
ガラス越しではない空を見上げて。

私の8月15日でした。
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移動の自由

2016-08-14 21:27:41 | つぶやき
手術当日の夜、意識はあって痛みも耐えがたいというほどでもなく。
ただしベッドの上の自分の体のうち、自分の意志で動かす事ができるのは、左手の指先だけでした。その指先でいつでもナースコールを押せるようにしていただいてありました。

スマホを握って娘たちにつながるラインで、Vサインのスタンプを送りました。文字を入力する気力はありませんでした。
スマホを持ったついでにフェイスブックを開いて、森下議員が前日の大火事の顛末とその後を投稿してくれていたのでシェアしました。指先ひとつでできることなので。誰かの役にたつことを願って。私のシェアに数人から「いいね」が返ってきて、繋がってることを嬉しく思いました。(フェイスブックに縁のない皆さんには、多分伝わらない話ですみません)

翌日には歩行器でトイレに行けました。ただし、その都度ナースコールを押して全て見守りと介助付き。
昨日の午後、リハビリのあと、ベッドへの昇降が自力でできて、トイレも洗面も歯磨きも、その都度ナースコールを押す必要がなくなりました。

それはとても晴々とした気持ちでした。

写真は病室の窓から。ベッドの上からではなく、立って眺めた風景。
復活!と、つぶやきました。

まだ病院内ですが「移動の自由」が復活しました。

その喜びに感謝しながら、今、お身体に不自由や痛みを抱えておられる皆さんが少しでも気持ちが楽になるように、生活が豊かになるように。
心から願っています。

これまで幾度となく繰返し求めてきた外出困難な方への支援。
いっそうの思いをこめて「移動の自由は人権」と言い続けていきます。
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ベアテと語る「女性の幸福」と憲法

2016-08-13 22:05:46 | つぶやき

入院した日は時間が、たっぷりあったので半分ほど読み、続きは術後。

病室に届けてもらう新聞2紙を日頃より丹念にページをめくり、その合間に読むのでやっと今日、読了。

裏表紙に「2007.10.12 於、西区公会堂 講演会場にて」
母の字です。

生前、母の本棚から持ち出した一冊。

ベアテさんがインタビューに答える形で編まれた本。

「日本国憲法は古くなった」どころか、ベアテさんが憲法草案に込めた「
一人ひとりの人間の尊厳」という普遍的な価値を本当の意味で共有できていない。憲法が求めている水準に到達していないことを感じる。

リベラルで進歩的な考えを持ち、互いに信頼と愛情で結ばれた両親のもとで成長した少女時代のベアテさんが、戦前の日本の女性達の、虐げられた悲しみを目の当たりにして感じたこと、「女性も男性も全ての人が人として大切にされる保障を」と精魂込めて書き、残してくれた贈り物。

本書の中のベアテさんの言葉より。
「『日本国憲法』は60年間、日本を支えたベースです。あなた方の憲法は『主権は国民にある』とうたっています。憲法を生かすも殺すも、あなたたちしだいということです。あなたたちはいま重要な選択に直面しているのです。この素晴らしい憲法を粗末にしないでくださいね。」

ベアテさんのメッセージは10年たって、ますます重い。

著者;ベアテ・シロタ・ゴードン
村山アツ子 
高見澤たか子

発行者;晶文社
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