ある夜の事。
狐は先輩と一緒に或るパブリック・ハウスのカウンター席に腰をかけて、絶えずホットミルクを舐めてゐた。
狐は余り口をきかなかつた。が、先輩の言葉には熱心に耳を傾けてゐた。
「君は愛嬌といふものが無いね」
先輩は頬杖をしたまま極めて無造作に私に述べた。
「可愛げといふものがない」
む。
「もっと可愛げといふものを出してみては如何?」
私も可愛げといふものを出せるものならば出したいのですよ。
「諦めてはいけません。努力するのです」
これでも努力をしているつもりなのです。しかし私が可愛げといふものを出そうとすると何故か周囲の人が怯えてしまふのです。
「ふむん?」
先輩はお喋りを止めて考え込んだ。
私の言葉は先輩の心を知らない世界へ神々に近い世界へと解放したのかもしれない。
私はブランデーを注文し、割賦の中でホットミルクと混ぜ合わせて舐めた。
先輩は言つた。
「では試しにやってみせてください」
狐は先輩に狐が思う可愛げとやらを披露してみた。
先輩は怯えた顔をして言つた。
「分かりました。君は無理をする必要はありません」
先輩は何故かがくがくと震えてゐる。
狐は何か痛みを感じた。が、同時に又歓びも感じた。
私は自由だ。
そのパブリック・ハウスは極小さかつた。
しかしパンの神の額の下には赫い鉢に植ゑたゴムの樹が一本、肉の厚い葉をだらりと垂らしてゐた。