永子の窓

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蜻蛉日記を読んできて(186)

2017年04月25日 | Weblog
蜻蛉日記  下巻 (186) 2017.4.25

「ついたち、七八日のほどの昼つかた、『右馬頭おはしたり』といふ。『あなかま、ここになしとこたへよ。もの言はむとあらんに、まだしきに便なし』など言ふほどに入りて、あらはなる籬の前に立ちやすらふ。例もきよげなる人の、練りそしたる着て、なよよかなる直衣、太刀ひきはき、例のことなれど、赤色の扇すこし乱れたるを持てまさぐりて、風はやきほどに纓吹き上げられつつ立てるさま、絵にかきたるやうなり。」

◆◆四月上旬の七、八日ごろの昼時分に、「右馬頭さまがおいでになりました」という。「ちょっと静かに。私は留守だと伝えなさい。話をしたいということでしょうが、まだ早すぎて、都合が悪いし」と言っているうちに、頭は入って来て、中からもその姿が丸見えの籬(まがき)の前に佇んでいます。いつもきれいなこの人が、十分練り上げた袿を着て、その上にしなやかな直衣を着、太刀を腰につけ、いつものことだけれど、赤色の扇のすこし形のくずれたのを手にもてあそんで、折からの風に冠の纓(えい)を上に吹き上げられながら立っている姿は、まさに絵にかいたように美しい。◆◆



「『きよらの人あり』とて、奥まりたる女どもなど、うちとけ姿にて出でて見るに、時しもあれ、この風の、簾を外へ吹き内へ吹き、まどはせば、簾をたのみたるものども我か人かにて押さへひかへさわぐまに、なにか、あやしの袖口もみな見つらんと思ふに、死ぬばかりいとほし。」

◆◆「きれいな人が来ている」といって、奥まっているいるところにいる侍女たちが、うちとけた姿のままで出てみると、なんと時も時、風が簾を外へ内へと吹きまくって、簾を頼みと陰から見ていた者どもが、すっかり慌てて無我夢中で簾を押さえたりひっぱったり騒ぐ間に、なんとまあ、見苦しい袖口も全部見られてしまったと思うと、私は死んでしまいたいほど恥ずかしい気持ちでした。◆◆



「よべ出居のところより、夜ふけて帰りて寝臥したる人を起こすほどに、かかるなりけり。からうして起き出でて、ここには人もなきよし言ふ。風のこころあわたたしきに、格子をみな、かねてよりおろしたるほどにあらば、何ごと言ふもよろしきなりけり。しひて簀子にのぼりて、『今日よき日なり。わらうだ貸い給へ。居そめん』などばかりかたらひて、『いとかひなきわざかな』とうちなげきて帰りぬ。」

◆◆昨夜弓の練習場から夜ふけて帰ってきてまだ寝ている助を起こしている間に、こんな不様なことがあったのでした。やっと起きてきて助が、目下家の者は皆不在であることを告げます。風がひどく吹き荒れていた時だったので、格子をみな前から降ろしていたので、どのように言っても良いことでした。右馬頭は強引に簀子(すのこ)にまで上ってきて、「今日は吉日です。どうか円座を貸してください。座り初めをしたいのです」などと話したきり、「どうも伺った甲斐がないことでした」をため息をつきながら帰っていきました。◆◆


■纓(えい)=冠の後部に垂らした羅(うすもの)



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