檜山(ひやま)智子の徒然なるままに・・・

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日中・日韓の首脳会談は?

2013-10-11 | 平和
 相変わらず風邪が良くならず、家で、昼の情報番組を見ていたら、最近のAPECやTPP交渉の場における、日中・日韓の首脳会談が行われなかった問題が取り上げられていた。結論は、会談は急ぐことはないんだ/日本側はいつでも交渉の扉を開けているというメッセージを出しているからそれでいいんだ/そのうち経済関係で困って中韓が折れてくるから・・・というような論調で、コメントが行われていた。

 う~ん。
 本当にそれでいいのだろうか?何か前提がおかしくないか?
 安倍首相が、『扉を開けている』といったって、そもそも、中国との関係が悪化したのは、昨年。ずっとある意味“棚上げ”されていた尖閣列島を、日本があまりにも突然国有化したことに端を発しているし、韓国との問題は、就任した安倍首相が、韓国への侵略は学術的には証明されていないというような答弁を国会でした歴史認識が原因だ。

 ある意味、喧嘩を吹っかけたのは日本なのに、今さら、『扉を開けている』と言ったって、先方も、乗れないでしょう。中韓は政権が発足したばかり、しかも、安倍首相のように圧倒的な支持を得ての政権ではないので、
やすやすと『扉…』に乗ると、国内の反発が大変。

 なんとも、大変な状態に陥りました。
 どうしたものだろうといつも思っている私にとって、ちょっとショッキングな意見が目に留まりました。
 朝日新聞の「オピニオン」欄に、アメリカ生まれの東洋文化研究者アレックス・カーさんという方の意見が掲載された。彼は、52年生まれ。お父様の乗った潜水艦は、日本軍の魚雷を受けたが生存。彼は、64年から3年間、横浜の米軍基地で暮らし、73年からは、徳島県で古民家再生の活動を行っているそうだ。
 ある意味、日本社会の中で生きた経験があり、アジアを広くみてきたアメリカ人の意見として重いものがあると感じた。
 
 彼は、『日本は、ドイツのように、加害責任を直視するべきということか?』という問いに、『もうその時期は逸した、通り越してしまった。』と言う。『若者は教育を受けていない。政治家は、経済問題にばかり力を入れる。現実、日本の中では、その論争はすでに終わっている。』と言い切った。

 まったく、その通りで、私たちは、近現代史(とりわけ、中・韓への侵略の歴史)をほとんど学校で教わってこなかった。私は、辛くも、高校時代の世界史の教師が、今から思えば、本質はついた授業をしてくれていたんあ~と感謝するが。それは、たまたまその先生の個人的な資質だったのだ。

 政治家(ということは、そういう政治家を選んだ国民が)、歴史を知らない・直視しないで、経済成長に邁進していたころ、例えば、ドイツ(当時は西ドイツ)では、ヴァイツゼッカー大統領が、『荒れ野の40年』という演説をして、ポロコーストを二度と起きてはならないことを明確にしている。
 そこで、明らかにされた理念が、EU欧州連合創設の中で、共通の記憶・基準となり、多くのヨーロッパの国が追悼の日を設けて教育を始め現在に至っている。

 この違いを我々はどう受け止めればいいのだろう?
 アレックス・カーさんは、日中韓の和解が政治的には無理でも、経済や文化の面でのバイパスをたくさん作ることで、結果的に領土問題や歴史認識の問題のウエートを減らし、摩擦を少なくすることはできると言っている。
 
 なるほど!
 いまや、それが現実的な取るべき道か?現実的には、それしかないのかもしれない。
 しかし、だからと言って、私たちが、過去の歴史にふたをして良いというものではないだろうし、たぶん、カーさんも、そうは思っていないはず。息の長い取り組みがずっとずっと必要ということか・・・   
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