日々これ楽日

桜情報を機に始めたブログがH26年猫は天国に、娘は結婚、夫は認知症と一気に環境が変わって老老介護の記録になって来ました。

バレンタインチョコ

2017-02-15 22:45:06 | アルツハイマー病

14日、私は昼から用事があり夫には早めのお昼ご飯を食べてもらってお出かけ。

「おやつはここにあるからね」とお菓子と紅茶を用意しておくと「どれ」と私の居るうちに食べていました。

夕方5時頃戻るともうすでに開けていくつか食べたチョコレートの箱がありました。
「あら誰が持ってきてくれたの?」
「知らない」
「女の人?Mさんじゃないの?」
「いや男だった」
そうなの。誰だろうね??」    

         
  

もしかしたら近所の方に言伝してくださったのかしら?と思いながら夕食後そろそろ手が空いたかなと思う頃Mさんに電話してみました。

「今日チョコレート届けていただいたのは・・・」と言うと
「今日はお会いできました。玄関が開いたので大きい声で声をかけたら出てきて、あ、Mさんと名前も覚えていたんですよ」と。
「お元気そうでした」と言っていただきました。

Mさんは市民センターで“お互いにボランティアで出来る事を教えあうような会?”を作りたいと夫と一緒にセンターに掛け合い10くらいの同好会のようなものを立ち上げるのに力を尽くしてくださった方で
「Mさんがいなかったらこの会は出来なかったし続かなかった」と
何時も感謝していた方で、席だけ置いていただいて参加することが無くなった今もチョコレートを頂いています。 

毎年「顔を出して下さい。Oさんのお陰で自分のやれる事を見つけられたと皆さん感謝しているんですよ。皆さん待っていますから」と声をかけて下さいます。

今は少しだけですがまだ顔を覚えている方も居ますし、自分の事は出来ますが参加しても自分が何をやっていいのか分からなくなっています。

そんな時必死にやっていた頃の夫を思うと涙が出てきます。

待って貰っても治ることの無い病気です。

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お別れ

2017-02-10 00:17:50 | 里山

寒い日と暖かく感じる日が入り混じっているこの頃です。それでも日差しはやわらかく長くなって来て心が少し明るくなってきました。

このブログを書き続けるきっかけともなった明青大の里山自然観察会・童謡と唱歌を歌う会・パソコンクラブなど立ち上げ、スクエアダンスにも力を入れていたI部長さんが先月16日に亡くなりました。

私は低い山ですが好きですがシティボーイ(?)である夫は山に行こうと言っても全く話しに乗ってくれませんでした。

60を過ぎてからこの自然観察会に入れて頂き里山を楽しむ事が出来ました。

私は山育ちなので子供の頃から山野草にはなじみがありましたが花の名前を教えてくれる人もなく学生時代に行った山で見た花の名前を本で見つけて知るくらいでした。
 

この会に入ってIさんは兎に角花の名前にも詳しくたくさんの名前を教えていただきました。
里山もあちこち御存知でした。

残念ながら硬くなった私の頭には入りきりませんでしたがたくさんの花に出会え又教えていただき、それを出来るだけ記憶に留めておきたくこのブログを続ける事が出来ました。

3年前から夫の病気さらに私の膝の故障で山に行く事が出来なくなってこの頃は名ばかり会員でした。

Iさんは本当に真面目で何事も真剣に取り組んでいました。
山に行くには何人か会員を連れて1年も前から下見に行き計画を立てていました。年間20箇所くらいは行っていましたのでそれは大変な作業だったと思います。

植物の名前だけでなく多分野にわたり豊富な知識をお持ちでした。

奥様は何事にもあまりに一所懸命取り組んでいる御主人の健康を心配していらしたとか。

I部長はその疲れの為か2年前の5月体調を崩し入院。

その介護をなさっていた奥様は介護の疲れからか1昨年暮れIさんを残して先に逝かれました。

Iさんはそれを知ってか知らずかその1年ちょっと過ぎた今年になって亡くなりました。

皆さんに優しくその中にも自分の意見とは違うことには毅然としていらっしゃいました。

今は懐かしく思い出します。

たくさんの温かい思い出を有難うございました。

本当にお世話になりました。
私の老後の
楽しみに花を添えていただきました。

ゆっくりお休みください。
奥様にめぐり合いましたか?

       (象が沢の噴水は迫力がありました)

       

(吾妻小富士の種まきウサギ・・・春先種を蒔く目安にスルのだとか)

       

         (定義山で見たあけぼのそう)

       

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年賀状当選番号確認

2017-01-24 23:23:42 | アルツハイマー病

年賀状の当選番号が」発表になってまもなく夫に当たってるかどうか調べてと頼みしました。 

「ここに書いてある番号だよ」とメモを渡しました。
最初はなかなか理解出来ないのか郵便番号を調べたりしていましたが何枚か調べてここの番号だよと言っているうちにやっと分かったようでしたので任せました。 

結局1枚も見つけることは出来ず後でそっと調べると切手シートですが6枚ほど当たっていました。

どこを見ていたかは分かりませんが今の夫の状態で最後まで一応全部見る集中力が持続できたのは上出来だったのでしょう。

 

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おめでとうございます

2017-01-08 23:40:14 | アルツハイマー病

遅まきながらあけましておめでとうございます。

あっという間に1週間が過ぎてしまいました。
今年こそもう少しアップ出来たらなと思っていますがアップするほどの出来事が無いという事は夫がまだっまだ元気な証拠という事でしょうか?

今年は(今回は2組だけ)温泉旅館が安くなる4日から2泊3日でいつも通り温泉に行きのんびり過ごして来ました。

義弟が作並温泉に行った事がないというので仙台まで出てきてもらい一緒に行く事にしました。

夫は毎年実家に行く事は覚えているのか暮れから何度も「水沢にはいつ行くんだ」と朝早くから支度?をしてそんな時は布団もさっさと上げて「何時に行くんだ」と何度も言います。

「今日は行かないよ」と言うと「昨日言ったのに?ちゃんと約束を守りなさい」と怒り出します。
「もうすぐお正月だからその時に会おうね」と言うと「そうか」と何とかその場は収まりますが1日に何度かそんなやり取りが続きました。

お正月、会うと何時も夫を見ていない弟は夫が訳の分からない事ばかり言うのが情けないのか「しっかりしろ」と励まし怒っていますがその気持ちはよく分かります。

         (ホテルのお正月飾り)

      

ただ何故怒られているのか分からない夫は不機嫌になり夫も怒り出します。それでも珍しく2度もお風呂に入りました。

二日目は定義山に行こうと思っていましたがこのホテルからは遠くタクシーで行くにも結構高いといわれ諦めていましたがこの日は丁度雪が降ったのでどちらにしても外出は無理。 

            (雪景色)

      

       (雪の中の露天風呂)

      

何時も夫は卓球、卓球と言っているので4人で卓球をする事にしました。この頃歩くのが遅くトボトボと背中を丸めて歩いていますが卓球をやるときは結構動く事が出来満足したようです。

帰宅してからも「いつ水沢に行くんだ」と言っています。 

「まだ会ったばっかりだから次は夏に行くけど行きたいんなら電車で行こうか?」と言うと「いや会ってきたばかりだからいいんだ」と自分で納得していますが又すぐに言い始めます。         

会えば口げんかもしていますが何時も遊んだ兄弟は懐かしいのですね。 

会っても覚えていないけど夫も私も元気で会いに行ける今、機会が会ったら少しでも会わせてあげたいと思っています。 

後何度会う事が出来るでしょうか?そんな事を考えるこの頃です。 

今朝も又朝から支度をして「何時に行くんだ?」と何度も言っていました。

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年賀状

2016-12-27 23:53:07 | アルツハイマー病

今年も年賀状終盤の時期がやって来ました。

この頃この年賀状を書くのが私自身が億劫になってきました。 

夫はいつも早め早めに書くのが常でしたが昨年は5,60枚くらいだったでしょうか宛名書きだけですが最初は間違いはも何枚もありましたが少し慣れたら前年の頂いた賀状を見て郵便番号、住所、名前を判別して一気に書き、次の日は早く出さなくてはならないと書いたことも覚えていました。

今年も自分で書いたほうがいいのではないかと思うのを40枚ほど選んでおき、住所だけでも書いたらと促しましたがなかなか書こうとはしませんでした。

やっと書こうとしたのでここが郵便番号、住所、・・・と一つ一つここ、ここと言って間違いながらも書く事が出来ましたが10枚ほど書いてもうそれ以上は書こうとしません。 
「そうね。疲れたから又後で書こうか」と言って1日目は終了。

それから何度も書いたらと言いますが気が乗らない様子。何日かしてご機嫌良さそうな時を狙って「書いてみる?」と言うとその気になって書き始めました。

去年とは違って漢字の間違いも多く、分からない字あり、文字を抜かしたり、郵便番号も一つ一つ言わないと自宅のを書き入れたり、郵便番号の記号も入れて書くためマスが足りなくなってしまったりと色々失敗をしながらも30枚くらい一気に書き続けてついている私の方が疲れてしまい後5,6枚のとき後にしたらというともう少しだから書いてしまうと頑張りました。 

この集中力は凄い!! 

パソコンで住所まで印刷しようかとも思いましたがまだ自分で出来る間はやってもらおうと思っていました。 

後は頂いた分に返信を書くことにしました。

来年は?夫が書くことは勿論、それ以上に私の方が疲れてこれ以上は無理なような気がします。 
出さない
事も含めて考えて行こうと思います。

”頑張ったね!!お父さん”

まだ大丈夫。今年は年賀状も書けましたよ。
但し今年は書いた事も忘れてしまいました。
ポストに入れることなど勿論忘れています。

今の夫は着替えの順序などは分かりませんがハイこれねと出してやると迷いながらも自分で出来ます。
文字も読むことは出来ます。
テレビを見ていてもその時々のコメントは絶妙です。

まだまだ出来る事がありますが新しい年は何が待っているのか不安がいっぱいですが出来るだけ今の状態を保って欲しいと願っています。

(りんごと間違え赤カブの皮をむいて食べた事もありました)

    

今年も残すところあと4日。  

喘ぎながらも夫の足跡を残して置きたいと思いながらなかなか書き残す事が出来ませんでした。

一年間拙い文章を読んで下さった皆様有難うございました。

(サルの赤ちゃん。申年お疲れ様でした。来年は酉年ですが頑張ってね)

      

ケッコーな年が待っていますようお祈りいたします。

 

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事件!

2016-12-14 23:14:06 | アルツハイマー病

先日私の甥の結婚式があり栃木県まで出かけその日は私たちと弟夫婦2組計6名で鬼怒川温泉に泊まる事になっていました。

夫のお風呂は弟に「折角温泉に来たんだから一緒に入ってね」と任せましたがまたまたパンツ事件がありました。

弟とお風呂に一緒に行った夫ですが「今朝入って来たから??もう出る」といいさっさと出て来てしまったので弟も一緒に上がって衣類の場所を教えて体を拭いて急いで出て来ましたが弟の下着が無くなっていて「夫の下着を見ると自分のを履いているんだよね」と言って一緒に出て部屋まで連れてきてくれました。 

念のため下着を確かめると自分のパンツの下に弟のパンツもシャツもつけていました。私は大笑いですが本人は何が起きているのかよく理解していないようでした。

次の日の朝方又事件。 

6時ちょっと前目覚めると夫は部屋には居ませんでした。 

8階に泊まっていましたが9階、8階、・・・5階まで下がって行きましたが姿は見えません。 

時々朝風呂に行く人に出会うだけ。 

仕方がないのでフロントに行ってみようとエレベーターで下に行って見ると丁度夫とホテルの人が立っていました。      
私の顔を見ると夫はほっとしたような顔をしていました。
そしてその顔を見たホテルの方ももっとほっとしたように思えました。

自分の名前は分かりますが予約したのは弟の名前だったので部屋は分からず肝心の夫は2階に泊っていると言っていたとか。 

「ところで何時頃から見かけましたか?」とお聞きすると「4時頃から歩いていました。お風呂に入る人が朝早くから歩いているので最初はあまり気にかけませんでしたがあんまり長いのでおかしいと思っていました」 

お騒がせいたしました。 

部屋に戻って「疲れたでしょう。少し休んだら」と言いましたが興奮したのか7時過ぎまで眠れないで居ました。少し寝息が聞こえたので昨夜は遅くなってしまい露天風呂に入れなかったので私は急いでお風呂に行って兎に角さっと朝湯に浸かって来ました。 

帰ってからケアマネさんにその話をすると 
「そんな時ホテルに行ったらすぐにフロントに話しておくと大きいところはすぐに全員に伝えていざという時対処してくれますよ」と教えていいただきました。なるほど・・・・。

帰りはどこかに寄って行こうという事になり鬼怒川は観光地なので色々ありますが夫はただその時が楽しめればいいのだからと猿軍団を見る事にしました。

お利口なお猿さんたちは開演時間の合間にサッカーを見せてくれました。一応サッカーのゲームになっていて主人より私達の方が楽しんでいたかも知れません。

      

  
      

      

      

大人6人大笑いで楽しい時間を過ごして来ました。 

 

 

 

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映画鑑賞

2016-11-23 23:16:35 | アルツハイマー病

昨日の地震にはびっくりしました。6年前の大震災の余震とか。まだまだ終息とは行かないのですね。

11月18日オケ老人なる映画を観て来ました。  

一緒にブログを始めいつも問題意識が高く話題も豊富なnewone様のブログにこのオケ老人を楽しそうに紹介していただいたので是非夫に見せてあげたいと思ったのです。

夫は中高校とブラスバンドをやり指揮などもしていたのが自慢です。
大学時にはアマチュアオーケストラに入って楽器を弾いていたほど音楽好きな夫はこの映画を観てまだ楽しめるのではないかと思っていました。

2年近く前になるでしょうかオーケストラの指揮者の物語マエストロという映画を観に行きましたが結構楽しんでトイレも1回だけで途中飽きて帰るという事もなく楽しんでいました。  

          

家にいるとトイレ通いに忙しいのですが直前にトイレに行き2時間全く行かず威風堂々や新世界の曲に合わせて手を動かし、楽しそうに笑っていました。多分その時は楽しんでもストーリーを記憶して楽しんでいるのではないでしょう。

終わって外に出て「何観てきたんだっけ」と聞きましたが映画を観た事さえ覚えていませんでした。  

観ている間はあんなに楽しそうに笑って体を動かしていたのになんだったの?  

2時間十分に楽しんだのだからま、いいのでしょうか?

兎に角楽しめること、楽しめる時間が段々少なくなって来ている夫の毎日です。
それでも本人は自覚がないことは幸せなのかも知れません。
 

と思いますが本当はどうなのでしょうか?

 

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岐阜旅行

2016-11-16 23:40:51 | 旅行

11月も半ばになって来て今日は暖かい日差しながら風が強く外に出ると寒く感じますが銀杏の葉は日の光でキラキラ輝いていました。

過日2泊3日で久しぶりに一人で岐阜まで旅行をして来ました。

その間夫は3泊、ショートステイにお泊まりでした。

もう60年も前になりますが小学校の時御両親の転勤で引っ越して行った友達に会いに行ったのです。

その間2,3度会った事はありましたが「今会わないともう会えないかも知れないね」という事でここ4,5年前から「会いたいね」と言い合っていましたが我が家で夫の体調の変化などでなかなか実現せず今年こそ会おうと準備をして来ました。

ところが思いがけず先日の私の検査入院時にショートステイした夫の混乱振りを思うとどうしようかと少しだけ迷いましたが今決心しないと又機会を失ってしまうかも知れないと一大決心です。 

中間の箱根辺りで会う事も考えましたが友達は子供の頃から脚が悪かったので私が行く事にしました。

ゆっくりおしゃべりだけを楽しもうと言いながら近くの犬山城、岐阜城を案内して貰いました。 

   ( 国宝の犬山城です。) 

    

(昔のままの建物は階段が急で脚の短い私は上る時も降りる時も恐ろしく感じるほどでした)

    

(犬山城から見た木曽川。木曽川といえば私の中では急流であらぶる川を想像していましたがこの日は風もなく晴れわたっていて川沿いの景色を写しゆったりと流れていました)

   

   

  (夕日に輝く岐阜城。高さ329mの所にあるお城は下から見るとはるか彼方に見えます。)

   

(お城は金華山ロープウエイでのぼりさらに10分ほどのところにあります。昔重機のない昔よくこんな高いところに作ったものだと感心しましました。眼下には濃尾平野が広がり鵜飼で有名な長良川が望めます)

 

       


(友達と別れ途中名古屋に下りて名古屋城も見て来ました。徳川家美術館も見たいと思っていましたがとてもそんな時間はありませんでした。西にはお城がたくさんあり規模も大きく作りも立派です)

  

(入り口に金の鯱のレプリカが飾られていました) 

 

  

 (友達の家にあった台湾ホトトギス。山で見るホトトギスと違って優しい表情の花でした)

  

驚いたことに彼女は車の運転をしていました。
55歳に免許を取って乗り始めたとか。
「今
までの人生で一番良かったと思えることだった」と言っていました。
ちなみに私はペーパードライバーで何年か前書き換えに行くのも面倒で失効にしてしまいました。

帰りは途中名古屋城に寄って城三昧の3日間でした。
夜遅く帰宅。

帰宅した次の日は朝から夕方夫が帰るまで頭の中まで空っぽにしてのんびりと過ごしました。そういえばこんなに解放された日は久しぶりです。

夫は夕方ご機嫌で帰宅。
「どこに行ってきたの?」
「高松。今朝行って今帰ってきた」ご機嫌です。

夫は私が三日間も家を空けていた事を知りません。
私がこの日とてものんびりした気持ちで居たことも知りません。

夫から解放され遊んで来たのでちょっと申し訳ない気持ちと、夫と付き合う?ストレスから解放されて心の中まで空っぽになってしばらくの間夫に優しく出来そうです。

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お泊り

2016-10-21 23:03:42 | アルツハイマー病

2泊3日でお泊りをして来ました。 

夫はショートステイ。私は病院へ。

私は先日いつもの病院へ薬をもらいに言った折、この頃胸が痛むことがあり、どうも胸に違和感があるといいましたら心臓の検査をしましょうという事になりました。

外来で2度ほど検査をしましたが「これ以上は入院して検査しなければなりません」といわれましたが私はまず夫の事が頭をよぎり先生にも「実は夫だけ家に残しておく訳には行かないのですぐにお返事出来ないのですが」と言いましたが先生は「そんな事を言っている状態ではありません。血栓が詰まったら終わりなんですよ」といわれすぐに病院からケアマネさんに電話をしてショートステイの場所を探して貰いました。 

何度か泊まった事があるいつもの場所は都合がつかず今まで行った事のない場所でしたが探していただきました。

19日~21日の入院です。

腕から管を入れての心臓カテーテル検査です。 

心配はないといわれましたが大げさに言うと覚悟を決めての入院でした。 

検査結果は動脈硬化は起こしていますが思っていたほど血管は細くなっていないので今すぐ心配という事はありませんとの結果に少し安心しました。

そうなったら少しでも病院に長居することもありませんので10時には退院したいと言って無事早々に退院して来ました。

夫は夕方帰って来ました。 

行く前に「私が入院しなくてはならないので老人向けの安くてよいホテルが見つかったから泊まっていてね」と言うと「老人向けなんてそんな所には泊まりたくない」との事。
仕方がない「それじゃあ普通のホテル?がいいね」と言う事で決着。

私が病院に行く前の時間にお迎えは無理だというのでタクシーで送りそのまま病院に行く事になり朝バタバタと出かけその施設に行きお願いして入院です。
夫は何がなんだか分からなかったと思います。

三日ぶりの夕方帰ってきてからもどこに帰ったのか分からないらしく施設の方にも「入ったらどうですか?」といわれますがなかなか中には入ろうとしませんでした。
私も「私誰だか分かる?」と聞くと「分かる」と言っています。

「どうぞお入りください」と言うとやっと入って来ましたが「トイレに入って」と独り言をいいながらトイレに。

その間私は車を見送って門扉を閉めて中に入ると夫はトイレットペーパーを2個持って急いで靴を履いて又出かけようとしています。
「どこに行くの?」
「家に」
「え。ここがお父さんの家だよ」と言うと「向こうの家に行くんだ」と言います。
「向こうの家ってどこ?」と聞きますが「Y(娘)とT(息子)が居るんだ」という答え。どうやら先ほどまで居た施設に戻ろうとしているようです。

仕方がない。
「そうなの。それじゃそのトーレットペーパーは車が来たらその時持って言ったら」と言うと
「そうか、じゃあ一つだけにするか」やっぱり紙を持って出かけました。 

私も急いで鍵を掛けて外に出てみると夫は紙を1個抱えて立ちすくんでいました。
「どうしたの?どっちに行くの?」と聞くと「車が居ないんだ」

「もう帰ってしまったから今日はここに泊まっていったら?」と言うと「そうだな」と大人しく入ってきて「布団が敷いてない」と言うので「お父さんはそこに寝るんだから自分でお布団しいたら」と言うと時間を掛けて敷いていました。
     
           
私が他の事をやっている間に食事もせずにそのまま寝てしまいました。
起こしても起きる事はなくぐっすりと寝ています。
施設で気を使った夫は疲れたのでしょう。

人に物を上げるのが大好きな夫はバスで送っていただいたお二人にトイレで目に入ったあのトイレットペーパーを上げたいと思ったのでしょう。
紙を持ってどこに行って良いのか佇んでいる夫の姿を思うと涙が止まりませんでした。

大学病院で「アルツハイマー病です。その内奥様の顔も分からなくなりますよ」と言われたあの日を思い出してあの日、実感できなかった現実を思い知りました。

 

 

 

 

 

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迷子

2016-10-12 00:47:59 | アルツハイマー病

急に秋らしい気候になって来たこの頃やっと夫は元気になってきました。

2週間ほど前になりますが病院に行き、近くのスーパーで買い物をした帰り道、夫はいつも荷物を持ってあげるといいますがこの頃は歩くのも遅くなり荷物を持つとさらにゆっくり。
有難いと思いますがまだ暑い日だったので早く帰りたい私は「荷物持とうか?」といい荷物を持ちまました。

結構重たかったのでいつもの道、家にも近いので夫に「先に行っているからね」と急ぎ足で家に戻り荷物を置き入り口も門扉も開けたまま夫を迎えに戻りました。 

何と夫はもう見えません。
あんなにゆっくり歩いているのだから見えなくなるはずがない、と思いますがどこにも姿は見えませんでした。

家に戻って鍵を閉めスーパーに戻ってみたり夫を置いてけぼりにした辺りにいた人にも聞いてみましたが分かりませんでした。
あちこち1時間ほども探したでしょうか?
“もうこれ以上探し回っても仕方がない。あまり遠くにまで行かないうちに交番に行って相談してみよう”と思い交番に向かいました。

交番の見える辺りに行くと何とずっと先を夫がかぼちゃの入ったビニール袋を持ってとぼとぼと振り返ることもなく歩いていました。
私は追いついていきますがひょいと曲がりひたすら歩いています。もう追いつこうという時反対のほうに向かいます。

「Tさんどこに行くの」と声を掛けると「お、居たか。家が分からなくなったんだ」と何事もなかったように言っています。
すぐ近くまで戻ったと安心しきって夫を置いてきてしまいましたが見えなくなってすぐに追いつこうと急ぎ足で歩いたのでしょう。

どんなに不安だった事か私の心は痛みました。

私自身も置いてきてしまった事の後悔と不安でいっぱいでした。

これからはもっと寄り添う??夫婦であらねばならないのでしょうね・・・

 

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