金榮山徳正寺住職のトラ・バスの香り

阿弥陀さまとクルマと矢沢永吉とSDRをこよなく愛する住職がつぶやく日常

余韻

2016年10月12日 19時22分26秒 | 日々あれこれ
楽しむように・・・


本堂に集い参ってくれる、
やっぱいいいもんですね。

宇和島組の研修会が徳正寺で行われました。

本山の方から派遣していただいた若い先生のお話、
「お寺が消える」

強烈な題ですよね。
でも、コイツにおいて考えない日はないと言ってもいいほど
毎日考えることです。

だからもの凄い興味を持ちこの日を待っていました。

もっと、コイツ自身が先生にお尋ねしたいこともあったのですが
なかなか、そんな時間もなくて
追い立てるようにお別れをしたことです。

若くて爽やかな先生でした。

若いんですから
若いなりの話し方ってあると思います。
若いのに変に落ち着き払ってしゃべられるとゲンナリしますが
今日は、爽やかな語り口に
コイツも少々若くならしてもらえるような
ひと時をいただいたことです。

先生の問題提起、グループに分かれて話し合い、
賑やかに本堂が活気づきました。
そんな空気を感じつつ
うれしかったのです、コイツ。


この本堂も消えていくでしょう。
間違いなく・・・

でも、それでもいいんです。
今日、ここにありこのひと時をしたてあげることができたのですから。

なくなってもここにある、
消えてもここにある、

今日、参った方々のこころにある。
ず~っとある。

「他力とはあることへの感謝」(龍谷大学教授 鍋島直樹)


閉式後、皆さんが机や椅子、もろもろを片付けて下さるのです。
うれしかったな~・・・

今日の講師のお話のキーワード、
「共にする」
まさにそのことを思わせていただきました。

お寺っていいですね、
仏さまの前っていいですね、
参ってお念仏申すって最高ですね、

そこに温もりに出遇えるから・・・


そんな余韻に浸りながら
皆さんが帰られたひと時、
一人で本堂のお荘厳。

いつものお掃除をしながら
優しい曲の数々を聞きながら
言いようのない喜びを感じたことです。

過疎の現実、
限界集落の現実、
何ら問題が解消された訳ではありませんが
ず~っとあって下さったお陰で
ひと時、感謝させていただきました。
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