Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてII

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

妙成寺 其の二(2017年8月18日参拝)

2017年09月25日 | 仏閣
妙成寺といえば五重塔になりますが、
やはりお寺のメインは本堂です。

これからメイン所の参拝となります。


【三光堂】






重要文化財。




太陽を表す日天、月を表す月天、星を表す明星天の、
三光天像が祀られていました。

鎮守堂とも与ぼれているそうです。


【本堂】








慶長19年(1614)に建立されたもの。

重要文化財。






見事です。


【祖師堂】




日蓮聖人像の左右に、開山日像上人と日朗上人が祀られていました。

重要文化財。


三光堂、本堂、祖師堂の三つもの重文のお堂があり、
見応え、拝み応えたっぷりでした。(^^


【鐘楼堂】


寛永2年(1625)建立の重要文化財。


【書院庭園】




日蓮宗なのに池泉庭園と書院がある。(笑)






ここから見る五重塔がこれまた乙なものです。

仁和寺の庭園を彷彿させますね。


【書院】






日蓮宗なのに胡蝶蘭とかー。(笑)

らしくないぞ。(^^

加賀藩5代藩主前田綱紀が参拝の際の休息所とする為に建立されたもの。

奥には前田家代々の菩提と3代藩主利常の生母・寿福院、
長女・浩妙院の冥福を祈って、御霊屋が設けられているそうです。


【客殿】






客殿にも諸仏が祀られていました。


【庫裏】


文禄年間(1592~1596)に建立された重要文化財。


【日時計】


中世のスペイン製らしい。


【境内】


ぐるっと一周して元の場所に戻ってきました。

伽藍の周りには墓地があり、
檀家さん達と共に支え、支えられてきたことが分かります。

そのような檀家さん達がいる限り、
未来永劫にわたって寺は存続し続けるだろう。


【御首題】


惚れ惚れするような達筆です。
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妙成寺 其の一(2017年8月18日参拝)

2017年09月24日 | 仏閣
続いて日蓮宗の本山である妙成寺へ。

こちらの五重塔がどうしても見たくて、
以前から訪れたかったお寺です。


【風景】


とても旅情を感じさせる風景です。




五重塔はお寺の顔ですね。

もうすぐお寺に到着です。


所在地:石川県羽咋市滝谷町ヨ1
宗派:日蓮宗
御本尊:一塔両尊四天王四菩薩
創建:永仁2年(1294)
開基:日像上人


【縁起】
寺伝によると永仁2年(129年)日像上人は師命により、
京都に妙法を布教する為に佐渡から七尾へ渡る船中、
石動山天平寺の座首満蔵法印と法輪を交わした。

満蔵法師は法華経に感銘を受け、石動山に日像を招き、
全山衆徒の前で法華の教えを説いた。

ところが衆徒は日像の説法に罵言を吐き、暴徒化し二人を襲い、
二人は急いで下山し命からがら滝谷へと逃げ延びた。

日像は鎌倉より携えていた槐の杖を地面に挿し、
「この杖より根が生ずるなら、汝この地に法華の寺を建立すべし」と、
満蔵法印に言い残して京都に向かった。

まもなく杖より根が生え始めたので、満蔵法印は日乗と名を改め、
叔父の滝谷領主柴原法光の助力を得、開山を日像、
自らを第二祖として妙成寺を建立した。

天正10年(1582)能登国の太守となった前田利家から寺領の寄進を受け、
慶長8年(1603)利家の側室寿福院の帰依を受け、
その菩提寺になるなど加賀藩前田家から手厚い庇護を受け隆盛を極めた。

その後、七堂伽藍が完成し寛永8年(1631)には、
加賀藩3カ国の日蓮宗の総録所となった。

日蓮宗の北陸本山で能登随一の大伽藍を持ち、
本堂、五重塔、祖師堂、経堂等、10棟が重要文化財に指定されている。


【総門】


中に大型の無料駐車場と売店があります。


【寺号標】


少し進んだ場所で拝観料を支払い境内へ。

五重塔が見えて期待感が高まる。


【仁王門】




これはいいですね~。

五重塔だけでなく仁王門も実に素晴らしい。

さすが重要文化財だけあります。


【石仏】



【浄行堂】


これはまたゴマラー好みのお堂です。(^^




休憩所のように見えますが
浄行菩薩を祀っているお堂です。




屋根の内側はこんな感じ。


【仁王門】


石段を登っていきます。

足腰が悪い人はしんどいでしょうね。


【仁王像】


江戸時代初期の作で、
かなりの力量の仏師が造ったと思われます。


【経堂】


重要文化財。

後ろに一般の墓地があり、引きで撮影すると墓が映ってしまうので、
何とも苦し紛れに撮影しました。

その奥にある開山堂は墓地の真横でしたので、
撮影はしておりません。


【五重塔】




北陸には五重塔はこの一塔のみ。

とても貴重かつ見事な五重塔です。

重要文化財。


【浩妙院殿墓】


三代藩主前田利常公の長女だそうです。


【寿福院殿墓】


三代藩主前田利常公の生母の墓です。

五重塔の願主がこの方です。


【丈六堂】


古い墓の中を進むと丈六堂というお堂があります。

ここも一般の墓を映さないように苦労する。






中に入ると思わずウォ!っと驚いた。

まさか高さ5メートルもある釈迦如来が祀られているとは。

昔、羽咋市の海岸に頭だけが流れ着き、
それに合わせて胴体が造られたものとか。






左右に二天が祀られていました。


【閻魔堂】



【三十番神堂拝殿】



【三十番神堂】




裏手にも一般のお墓があったので苦しい撮影。(^^;

重要文化財。


【若松】





【紅梅】





とりあえず長くなりましたので続きはまた明日。
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正覚院(2017年8月18日参拝)

2017年09月23日 | 北陸三十六不動霊場
気多大社の隣りにあるのが神宮寺である正覚院というお寺。

結構賑わっている気多大社とは対照的に、
とても静かなお寺です。

お不動さんと観音さんの霊場です。



所在地:石川県羽咋市寺家町ト92
宗派:高野山真言宗
御本尊:大日如来
創建:不明
開山:不明
札所:北陸三十六不動霊場、能登国三十三観音霊場、北陸白寿観音霊場



【縁起】
亀鶴蓬莱山正覚院の創建は不明ですが、
養老2年(718)泰澄大師が荒廃していた社頭を再興し、
一堂を建立したと伝えられています。

斉衡2年(855)に亀鶴蓬莱山気多太神宮寺の勅号を賜り、
以来、気多大社の神宮寺として寺運が隆盛しました。

当初は天台宗の寺院でした中世に真言宗に改宗、
明治時代初頭に発令された神仏分離令により気多大社から独立しています。

気多大社の神宮寺は正覚院の他、長福院・地蔵院・薬師院等がありましたが、
神仏分離令により廃絶しています。

又、気多大社の仏式が廃された為、
気多大社講堂内に安置されていた木造阿弥陀如来坐像や八咫の神鏡等、
が正覚院に移されています。


【山門】



【本堂】


本堂は閉まったままでした。


【庫裏】



【十三重搭】



【鐘楼堂】



【地蔵尊】





【白寿観音】



【護摩堂】






平成19年(2007)再建されたもので、
とても独特の造形の護摩堂です。

御住職にお願いすると拝観出来るそうです。


【修行大師】



【阿弥陀堂】




いわゆる収蔵庫ですね。

内陣は事前予約が必要です。


【阿弥陀如来】


画像はネットで拾ったものです。

御尊顔を拝したかったね。

これにて参拝終了。


せっかく気多大社の隣という好立地にあるんだから、
もっと開かれたお寺だったらと残念に思う。

これでは普通の人は訪れてもすぐに帰るだろうし、
お寺や仏教に対して親近感はわかない。

御朱印は三種類ありますが、
ピンポン押すのが億劫なのでいただいておりません。
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氣多大社(2017年8月18日参拝)

2017年09月22日 | 一宮
石川県には何度も訪れているけれど、
なかなかご縁が無くて参拝出来なかった気多大社。

今回は登山中止によってようやく参拝が叶いました。

登山に行っていたら、
参拝は遠い先になっていたかも知れません。


所在地:石川県羽咋市寺家町ク1
御祭神:大己貴命
創建:不明
社格:式内社、能登国一宮、国幣大社



【由緒】
気多神社縁起によれば第8代孝元天皇の御代に、
御祭神の大己貴命が出雲から300余神を率いて来降し、
化鳥・大蛇を退治して海路を開いたという。

また気多社祭儀録では御祭神は第10代崇神天皇の御代の勧請とし、
神代からの鎮座とする説もあると記される。

奈良時代には北陸の大社として京にも名が伝わっており、
万葉集に越中国司として赴任した大伴家持が、
天平20年(748)に参詣したときの歌が載っている。

延長5年(927)成立の延喜式神名帳では能登国羽咋郡に、
気多神社 名神大と記載され名神大社に列している。

中世以降は能登国一宮とされ、中世・近世の間は畠山氏・前田氏等、
歴代の領主からも手厚い保護を受けた。

明治4年(1871)近代社格制度において国幣中社に列し、
大正4年(1915)に国幣大社に昇格した。

戦後は神社本庁の被包括宗教法人となり別表神社に指定されていたが、
平成22年(2010)に神社本庁に属さない単立神社となった。


【大鳥居】


大型の無料駐車場がありました。

こういう大社は参拝が楽しみです。


【狛犬】



【神門】


実に渋い。

思った通り重要文化財でした。(^^

天正12年(1584)建立されたものと伝わっています。


【拝殿】


絶賛工事中。。。

重要文化財の社殿を見たかったな。

平成30年8月末まで修理とのこと。


【きれい結び処】






神門の所で巫女さんが参拝順路の説明があり、
まずはここに参ってから拝殿という順路でした。


【若宮神社・本殿】


向かって左の手前が若宮神社で、
永禄12年(1569)に建立された重要文化財。

本殿は天明7年(1787)建立の同じく重要文化財。


【白山神社】


天明7年(1787)建立の重要文化財。


【神庫】


天明7年(1787)建立。


【楊田神社】


ここから先は只ならぬ雰囲気を感じる。

それもそのはず、本殿裏手には一万坪もの禁足地である
入らずの森が広がっているからです。

神域である森の中には奥宮があるそうですが、
一般人は参拝する事はおろか、見る事も許されていません。


【太玉神社】



【狛犬】



【菅原神社】



【御朱印】


拝殿が工事中であったり、随身門を見逃したりしたが、
参拝出来てとても良かった。(^^
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羽咋神社(2017年8月18日参拝)

2017年09月21日 | 神社
永光寺の次は羽咋神社に参拝です。

こちらは式内社に列する古社です。


所在地:石川県羽咋市川原町エ164
御祭神:石衝別命
相殿神:石城別命、弟苅羽田刀弁命、道反大神
創建:不明
社格:式内社、県社


【由緒】
当地に垂仁天皇の勅により派遣され、農業を奨励したと伝える。

後に当地を治めた羽咋君一族が祖先の石衝別命を氏神として、
祀ったことに始まるという。

延長5年(927)成立の延喜式神名帳では、
能登国羽咋郡に羽咋神社と記載され、式内社に列している。

南東約200メートルに所在する八幡神社が羽咋神社の元々の鎮座地であり、
文明年間(1469-1487)に大塚古墳の墳丘上に社殿を造営し遷宮したとされる。

明治5年(1872)近代社格制度において郷社に列し、
明治14年(1881)には県社に昇格した。

明治42年(1909)七尾線建設の予定地にあった姫塚上の三俵苅社から、
祭神の道反大神を遷し合祀した。

大正6年(1917)大塚が陵墓参考地となった為、
社殿を現在の大塚の後円部南麓に遷した。


【鳥居】


境内に車を停めれる事が出来ました。


【御神木】



【拝殿】







【御神馬】



【蔵】



【磐衝別命墓】







【御朱印】


特に印象に残る神社では無いですね。

雨が降っていたことの方が印象に残ってるぐらい。(^^;
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永光寺(2017年8月18日参拝)

2017年09月20日 | 北陸三十三観音霊場
豊財院から4,5キロの場所にあるのが永光寺。

こちらは大本山総持寺の開祖瑩山禅師が開き、
後醍醐天皇により勅願寺となった由緒ある古刹です。


所在地:石川県羽咋市酒井町イ11
宗派:曹洞宗
御本尊:華厳釈迦牟尼仏
創建:正和元年(1312)
開山:瑩山紹瑾大和尚
開基:黙譜祖忍
札所:北陸三十三観音霊場、能登国観音霊場



【縁起】


曹洞宗の高祖・道元禅師と並び、太祖として尊崇される瑩山紹瑾が、
正和元年(1312)能登の国・酒井に開創した曹洞宗発展史上、
最も重要な地位を占める古刹です。

元亨元年(1321)後醍醐天皇より曹洞宗出世道場の綸旨を賜り勅願寺となる。

足利尊氏の北朝時代には光厳上皇が能登国利生塔を建立。
足利直義も仏舎利二粒を三重の利生塔に納めて安穏を祈る等隆盛を極めます。

応仁の乱で伽藍の大部分を焼失、後に後土御門天皇の発願で再興されましたが、
天正7年(西暦1579)兵火により七尾城と共に、
再び全山を焼亡するという悲運に見舞われます。

江戸時代に入り前田利家が能登を領した時には、
寺領三百石を認め永光寺復興に尽力しました。

現在の建物は寛永以後の再興で、その伽藍は曹洞宗寺院の源流の一つです。


【寺号標】


豊財院と違いとても大きな境内のようです。


【幸運橋】


車は上の駐車場に停めたので、わざわざ下まで降りました。(^^;


【中道門】


完全にお城の雰囲気を感じます。


【参道】


ここの雰囲気がたまらない。

この良さは参拝しないと分からない。


【弁天堂】


こういう池は濁り切った死んだ池ばかり。

しかし、ここは水が豊富なんでしょう。
弁天池の水はとても綺麗。

だから弁天堂の周りはとても清浄な雰囲気です。

改めて水って大事だよなぁ、と思う。


【参道】


駐車場からわざわざ下に行って良かった。

山門横の駐車場まで車で行けば楽だけど、
この参道の素晴らしさは味わえない。

下にも数台分の駐車場があるので、
永光寺を参拝する際はさんど宇を歩く事をおすす


【観音堂】



【石段】




曹洞宗らしい凛とした雰囲気。

これはもう本当にたまらない。


【山門】


慶応2年(1866)再建されたもの。


【仁王像】





【境内】


真ん中が本堂である法堂です。






法堂を真ん中に左右に回廊で繋がれた書院、僧堂、庫裏があります。

法堂の奥には開山堂である伝燈院があり、
五老峰の尊像と御位牌が安置されているようです。

特別拝観料として通常の拝観料300円にプラス500円要です。

五老峰とは如浄禅師、道元禅師、懐弉禅師、徹通禅師、瑩山禅師とのこと。


さらに伝燈院の奥には高さ5メートルの墳丘があり、五老峰の遺品、
道元禅師の遺骨等が安置されているとのこと。


【十六羅漢・四天王】



【内陣】



【山岡鉄舟の大襖書】




幕末三舟の一人である山岡鉄舟の大襖書とのこと。


【境内】



【御朱印】



参拝終わって車に乗ると土砂降りの雨。

運転するのも躊躇う程であった。
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豊財院(2017年8月18日参拝)

2017年09月19日 | 能登七福神めぐり
早朝に起きて外を見ると無情の弱雨。

天気予報を見ても登山に適していない予報。

く~、ここまで来て雨とか泣けてくる。

カッパも念の為に持ってきたけど、
天気が悪い日に登っても辛いだけで全く面白くない。

結局、苦渋の決断で白山登山及び奥宮参拝は中止。(泣)

天気ばかりはどうしようもないけど、
今年も登れなかったな。


そんな訳で今日は第二候補の能登界隈の寺社巡りをすることにした。

能登には参拝したい憧れの寺社が多いからね。

朝風呂に入ってチェックアウト。


【手取湖】



【手取川ダム】


デカいダムでした。

それもそのはず、高さは153.0メートルもあり、
北陸地方最大のロックフィルダムだそうです。


【千里浜なぎさドライブウェイ】




チェックアウトしてから約2時間で到着。

なぎさドライブウェイの看板を見たら走りたくなるよね~。(^^

10数年振りです。

天気が良かったら最高に気分が良いけど、
海岸を走れて良かった。(^^

なぎさドライブウェイから約15分で豊財院に到着。

最後は細い道でしたが。

無料駐車場があります。



所在地:石川県羽咋市白瀬町ル8
宗派:曹洞宗
御本尊:釈迦如来
創建:正和元年(1312年)
開山:柴山紹瑾禅師
札所:能登七福神めぐり


【縁起】
別名「般若寺」とも呼ばれているお寺です。

永光寺の開祖・瑩山紹瑾により能登で初めて開かれた曹洞宗の道場で、
弟子の明峯素哲が正和元年(1312年)にこの寺を創建しました。

歴代の住職には名僧が多く、特に自らの血をもって大般若経を書写した
月澗義光は中興の祖とされています。

平安時代中期の作と伝えられる国指定重要文化財の三観音や、
自らの手指を刺し、その血をもって書写した血書大般若経六百巻等、
寺宝として守られています。


【山門】


長閑な地域を守るかのようなお寺の雰囲気を感じます。




鐘楼門はたまに見かけるけど、
二層部分にあるのが普通。

しかし、こちらのはまさかの手が届く所に吊るされています。

これは珍しいですね。


【般若の鐘】


この鐘は般若の鐘と呼ばれ、煩悩を打ち消す梵鐘だそうです。

山奥では無く近所に住宅があるので、
さすがに鳴らせませんでした。

除夜の鐘ですら五月蠅いとクレームがお寺にあるとか。

まったくもって嫌な時代になってしまいました。


【地蔵堂】





【地蔵尊】


こ、これは?

何ともイースター風な面白い異形のお地蔵さんです。


【手水鉢】


この水では手を清められませんね。


【悲報】


拝観は事前予約が必要なので織り込み済み。

今日は白山登山の予定だったので、
事前予約はしてなかったし。


【本堂】


重文の三観音がいらっしゃらなければ、
素朴で小さなお寺といった風情です。

外からは堂内は見れませんでしたが、
御朱印をお願いすると堂内に入れていただけました。

ありがたい。(^^


【内陣】




まずは御本尊にお参り。

曹洞宗らしい御本尊と内陣です。




白衣観世音菩薩。


【御朱印】


墨書きは御本尊では無く般若堂に安置されている馬頭観音でした。

リクエストすれば能登七福神めぐりの御朱印もいただけます。
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真成寺~行勧寺~聖得寺(2017年8月17日参拝)

2017年09月18日 | 神社


白山苑の前にある土産物屋で遅い昼食。


【白山蕎麦】


太いのと細いのが混じってるんですけど。
こういうもんなのかな。(^^;


【白山焼】


なかなか渋い色のコーヒーカップがあったので買ってもた。
1500円と安くて良かった。(^^


【白峰温泉 白山苑】


本日のお宿。

チェックイン後、汗を流そうと内風呂へ。

これが予想以上に良いヌルヌル系の温泉で最高でした。

まだ15時だったので白峰重要伝統的建造物群保存地区散策がてら、
幾つかのお寺を参拝です。


【白峰温泉総湯】


白山苑の横には温泉施設の総湯があります。

ここは夕食後に入ることにしよう。


<真成寺>
所在地:石川県白山市白峰イ−66甲
宗派:真宗大谷派
御本尊:阿弥陀如来
創建:不明






林西寺の斜め前にある真成寺。

本堂に入ることが出来ない小さなお寺でした。


<行勧寺>
所在地:石川県白山市白峰イ69
宗派:真宗大谷派
御本尊:阿弥陀如来
創建:不明








こちらも本堂は開いていませんでした。




庫裏の小羽葺き屋根には鐘楼があるそうです。


【風景】



【花】



【白峰郵便局】



【雪だるまカフェ】




お休みでした。(泣)


【風景】



<聖得寺>
所在地:石川県白山市白峰ロ138
宗派:真宗大谷派
御本尊:阿弥陀如来
創建:不明



こちらも本堂、鐘楼堂、庫裏のみの真宗大谷派のお寺でした。

小さな地区に真宗のお寺が4つもあるとは、
さすが北陸は真宗王国ですね。


【風景】






手取川という川です。

これにて散策終了。


【夕食】










山と川料理でしたがとても美味しかったです。(^^

満足。


【白峰温泉総湯】


重曹系の温泉で露天もあって良かったー。

白峰温泉は本当に素晴らしいお湯でした。(^^


さて、翌朝は4時半起きなので10時に布団に入るも、
壁が薄くて隣の部屋の老夫婦の話し声がうるさくて寝れない。

普通、あの歳になったら話題なんて無くなるのに、
よく喋るよなー。(^^;


隣りの声といえば以前、鳥羽に行った時、
隣りの部屋の若いカップルがエッチをしていて、
アエギ声が聞こえた時は生々しくて興奮したな。(^^

こういうのは大歓迎だけど、老夫婦の笑い声とか要らんわ。(苦笑)
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八坂神社(2017年8月17日参拝)

2017年09月17日 | 神社
林西寺の隣に鎮座しているのが八坂神社。

普通の小さな神社かと思ったが、
泰澄大師所縁の薬師如来が祀られている神社でした。


所在地:石川県白山市白峰ロ−165
御祭神:素盞嗚命
本地仏:薬師如来
創建:養老2年(718)
社格:村社


【由緒】
養老2年(718)泰澄大師が牛首開村の時、
牛頭天王を祀り本地の薬師如来を祀ったことが始まりとされています。

古くは薬師社、牛首社とも呼ばれていました。

寛永16年(1639)加藤藤兵衛が石造奉祀、文政5年(1822)本殿殿造営、
同時に織田利右衛門が薬師如来脇侍日光、月光菩薩十二神将奉安。

明治元年(1868)神仏分離の際、八坂社、同年9月八坂神社に改称。
大正6年4月村社に列席された。


【鳥居】



【手水舎】


冷たくて綺麗な水でした。


【境内】


社務所はありますが普段は無人のようです。


【御神馬】



【薬師三尊奉安殿・十二神将立像奉安所】




中は見ることが出来ませんでした。




これを見て驚きました。

いくら神仏習合が色濃く残る地域とはいえ、
こんな小さな神社に薬師如来と十二神将が祀られているとは。

後で調べてみると中に小さな本殿があり、
左右に薬師三尊像十二神将が安置されているようです。

その他に三ッ谷の丈六神社の十一面観音菩薩を合祀し、
赤岩の虫尾神社の不動明王もいらっしゃるとか。

神社でこれほどの仏様が祀られているのは珍しい。

さすがですね。

拝観料払うから是非とも見てみたい。


【狛犬】



【境内社】



【明治天皇大御歌】




白山市無形民俗文化財に指定されている伝統の奉納相撲が、
毎年9月第2土曜日に行われているそうです。

白峰地区で江戸時代に行われた天領相撲が起源とされ、
明治32年(1899)から続いているそうです。

御朱印は恐らく無いと思われます。
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林西寺(2017年8月17日参拝)

2017年09月16日 | 仏閣
今日泊まる白峰温泉白山苑の近くに林西寺というお寺があります。

見た目は普通の浄土真宗の小さなお寺ですが、
普通では無いものが祀られています。

それが白山下山仏と呼ばれる仏様達です。


【案内板】


今は白山の室堂界隈は神社となっていますが、
もともとは神仏習合の越前馬場平泉寺がありました。

神仏分離令により白山室堂周辺から下山された諸仏が、
八体祀られています。




パンフレットを転写したもの。

山頂から下ろしたのか~。

普通に凄い。



所在地:石川県白山市白峰イ68
宗派:浄土真宗大谷派
御本尊:阿弥陀如来
創建:養老元年(717)
開基:泰澄大師


【縁起】



【山門】


山門横から境内に入ると車は停めれます。


【本堂】




文久3年(1863)再建されたもの。

かなり年季を感じる本堂です。

外からは内陣を見る事は出来ません。


【鐘楼堂】



【庫裏】




木材を利用した梯子が凄い。


【白山本地堂】


庫裏で拝観料400円を支払って堂内へ。


【白山下山仏】




撮影は不可でしたので画像はネットで拾ったもの。

堂内に入って観た瞬間感動。

これほどとは。

特に真ん中に鎮座する十一面観世音菩薩坐像が素晴らしい。

重さが207キロもあるという。

よくぞ山頂から下ろしてくれたものです。

その労力は想像に難くない。

信仰心の篤さに頭が下がる思いです。


【本堂内陣】


本堂内陣も案内していただけました。

失礼ながら外からは想像出来ない程の荘厳な内陣です。


【御朱印】


日付以外はハンコですが、御朱印をいただきました。


素晴らしい諸仏がお待ちしております。

お勧めします。
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一閑寺(2017年8月17日参拝)

2017年09月15日 | 仏閣




白山比咩神社の大型無料駐車場から獅子吼高原山頂方向を見ると、
沢山のパラグライダーが飛んでいた。

よくやるよなぁ。
パラグライダーは墜落が怖くて死んでもやりません。(^^;

さて、次なる参拝地に向かいます。

金沢市内から金劔宮と白山比咩神社に行く途中にあるお寺が一閑寺。

ここは時間があれば行こうと考えていた。

不動明王の磨崖仏が唯一の売りのお寺で、
どうせ大したこと無いでしょ、と思っていたが、
これが大間違いでした。

大したこと無いと思ってしまい申し訳ありません。(^^;


所在地:石川県白山市鶴来本町4-チ18
宗派:浄土宗
御本尊:善光寺如来
創建:寛永8年(1631)


【縁起】


およそ1300年前の養老元年に泰澄大師が始めて白山を開山された時、
禅定の道すがら当地に立ち寄られ、この地の自然石に大不動明王像を刻み、
地元の人々に信仰することを勧めて立ち去られた。

それから970年の間、像は風雪にさらされ次第に風化していったが、
夜ごと崇める人は絶えなかった。

時は流れ寛永8年(1631)宝円寺五代住職雲堯禅師が来られて、
一閑寺を開山されたのである。

その後、天保年間に第18世住職國角和尚の代に不幸にも一閑寺は炎上した。

和尚は寺と不動尊の再建を発願し、かつて泰澄大師が刻まれた磨崖佛の復元をされた。

そして3年3ヶ月刻まれたのが現在の約メートルに及ぶ大不動明王像である。

これは自然石では東洋一の磨崖佛で眼病治癒の霊験と商売繁盛、
諸難消 除の御守護として近郷近在はもとより、日毎に信仰者が諸国に広まり、
その名声は遂に加賀百万石第12代前田斉泰藩主の耳に達し、
加賀中納言として自ら参詣され、新しく扁額を贈る他、
祖先を菅原道真とする前田家の梅鉢を、代々一閑寺が佩用することを許されている。

現在は浄土宗の一閑寺として、善光寺分身如来を御本尊にその法灯を護り続けている。


【本堂】


あるのは本堂と庫裏と墓地だけで、
山門すら無いような小さなお寺です。

無料駐車場がありました。

拝観出来るか分からないが、とりあえず行ってみよう。

堂内にお婆さんが居たので堂内に入り参拝させていただく。

志納金として500円以上必要です。


【不動明王】


広い堂内の一番奥にどーんと不動明王の磨崖仏が鎮座。

そのデカさと迫力に圧倒される。

まさかここまでのものとは。

これは参拝して良かったわ~。(^^

必見です。

大したこと無いと思って正直すまんかった。


御朱印は御住職が御不在でいただけませんでした。
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白山比咩神社(2017年8月17日参拝)

2017年09月14日 | 一宮
本日のメインである白山比咩神社に到着。

明日の奥宮の参拝に向けて安全と好天を祈願します。

無料の北参道駐車場に車を停めていざ参拝開始。

楽しみです。


所在地:石川県白山市三宮町ニ105-1
御祭神:白山比咩大神、伊邪那岐尊、伊弉冉尊
創建:(伝)第10代崇神天皇7年(紀元前91)
社格:式内社、加賀国一宮、国幣中社、別表神社


【由緒】
崇神天皇7年、本宮の北にある標高178メートルの舟岡山に、
神地を定めたのが創建と伝わります。

当初は白山権現という名前で魚町の安海熊野神社の脇宮として祀られていました。

養老元年(717)に越前の修験僧・泰澄大師によって白山に登って開山。
主峰・御前峰に奥宮が創建され、白山妙理大権現が奉祀されたと伝わる。

一宮制度で加賀国一ノ宮と定められ、白山本宮・加賀一ノ宮の白山比咩神社は、
平安時代中期から鎌倉時代を経て、室町時代前期に至る約500年間栄えた。

しかし室町時代中期の康正元年(1455)以降、
加賀国に入った本願寺の加賀一向一揆のため年貢米が得られなくなり困窮、
文明12年(1480)の大火により全焼して、三宮の地に遷座。

続く加賀一向一揆の戦乱で白山衆徒は廃絶し、
社殿は再興できずその後100年間余り荒廃した。

白山本宮の社殿堂塔復興は安土桃山時代に、
綸旨を受けた前田利家公により行われた。

明治時代の神仏分離令により白山寺は廃され、
白山本宮・加賀一ノ宮の白山比咩神社と号し、下白山を本社、
白山天嶺を奥宮とし、国幣中社として国家の殊遇を受けました。

終戦後の今日は全国に三千有余を数える白山神社の総本社として、
御神徳を仰がれております。


【鳥居】



【白山霊水】


この水はとても美味かったです。(^^


【車祓所】



【北参道】




巨木が聳え立つ参道はとても素晴らしい雰囲気。

さすが一宮だけあります。


【荒御前神社】




御祭神:荒御前大神、日吉大神、高日大神、五味島大神


【外拝殿】




立派な社殿です。

大正9年(1920年)の造営の旧拝殿で、
昭和57年(1982年)の増改築で内部に拝殿が造営され外拝殿となったとか。

本殿は見る事が出来ませんでした。


【狛犬】



【三本杉】



【神馬舎】





【御神木】





【白山奥宮遥拝所】




明日はたのんます。


【盤持石】





【遊神殿】



【参集殿】



【鳥居】


南参道を進むと禊場があるらしい。


【禊場】





【なんじゃもんじゃの木】





【禊社】



【住吉社】


御祭神:住吉三神(底筒男尊、中筒男尊、表筒男尊)


【南参道鳥居】


南参道にも無料駐車場がありました。


【亀岩】






この辺りは王道ルートから外れているらしく、
参拝客はほとんどいません。


【表参道】


神門近くの表参道を少し歩いてみた。

ここの雰囲気が一番素晴らしい。

表参道にも無料駐車場と一の鳥居があります。


【老杉】



【狛犬】



【御朱印】
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金劔宮(2017年8月17日参拝)

2017年09月13日 | 神社
金沢市内の参拝を早々と切り上げ、
本日のメインである白山比咩神社へ向けて白山市を走る。

白山比咩神社の前に金劔宮という神社を参拝です。

この神社は紀元前に創建されたという物凄い古社です。



【由緒】
祟神天皇3年(紀元前95)の創建と伝えられ、
剱集落の発生と時を同じくして、鎮斎せられました。
 
古くは剱宮と称し明治以降は金剱神社の社名が用いられました。

また、金剱神社、金剱明神、剱明神等とも呼称される時期もありましたが、
現在は宮号に復し金剱宮と称されています。 

白山記、源平盛衰記等によれば、金剱宮は古来白山七社の一つに数えられ、
白山本宮、三宮、 岩本宮とともに特に本宮四社と称されました。

文治二年(1186)には奥州へ向かう源義経が、金剱宮に参拝し、
夜もすがら神楽を奉納したと義経記に記されていてる。

明治時代の神社制度確立で郷社に格付け、
明治28年(1895)には県社に昇格。


【鳥居】


大型の無料駐車場に車を停めていざ参拝。

道路を隔てた下に第一鳥居や不動滝があったそうだが見逃し。


【拝殿】




明治23年(1890)に建立されたもので、
雪国特有の造りの拝殿ですね。

まずはパンパンと参拝。


【狛犬】


こいつは危険で凶暴なタイプの狛犬です。


【亀石】



【天忍石】


古くよりこの石に神霊が降臨した影向石だそうです。


【舞殿】



【天の真名井】


天平年間(729年-749年)から伝わる古池。


【恵比須社】


御祭神:大阪今宮戒社の分霊


【金刀比羅社】




御祭神:崇神天皇


【乙剱社】


御祭神:彦火火出見命


【粟島神社】


御祭神:少彦明神


【丈六社】


御祭神:大山咋命、猿田彦命、日本武尊、菅原道真公


【鳥居】



【御神馬】



【招魂社】



【狛犬】



【御朱印】


神職さんが御不在で書置きをいただきました。

500円玉を出してお釣りくださいと言ったら、
御朱印代は500円です、と言われ赤っ恥。

恥ずかしいわ~。(^^;


でも紙は普通の紙では無く、高級な和紙を使用されていましたから、
500円でも納得です。
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大乗寺(2017年8月17日参拝)

2017年09月12日 | 仏閣
兼六園の近くには尾崎神社、尾山神社の他に、
石浦神社、金澤神社、石川護國神社が鎮座しております。

これらの神社はまたの機会に参拝するとして、
大本山永平寺と總持寺に次ぐ格式の高さを誇る大乗寺へ。

今でも修行僧がいる専門僧堂です。

凛とした雰囲気と伽藍の凄さを感じたい。


所在地:石川県金沢市長坂町ル10
宗派:曹洞宗
御本尊:釈迦牟尼仏
創建年:弘長3年(1263)もしくは正応2年(1289)
開山:徹通義介禅師
開基:冨樫家尚



【縁起】
曹洞宗大本山永平寺の第3世徹通義介禅師は、後に加賀の地へ移り、
守護職冨樫氏の帰依を受けて、野々市市に大乘寺を開きました。

暦応3年(1340)足利尊氏の祈願所となるが、
室町時代後期、戦乱に巻き込まれて焼失した。

その後、前田利長の家臣・加藤重廉が檀越となり、
寺は木新保(現在の金沢市本町)に移転した。

江戸時代初期に加賀藩家老本多家の菩提寺となる。

寛文11年(1671)に中興の祖とされる月舟宗胡が住持となり、
次代の卍山道白(延宝8年・1680年住持となる)とともに寺の復興に努めた。

寺が現在地に移転したのは元禄10年(1697)である。

伽藍は曹洞宗寺院建築の典型的な七堂伽藍の配置を示しており、
総門(黒門)は寛文5年(1665)、山門は江戸時代初期、
法堂は元禄10年(1697)頃に建立され、いずれも
石川県指定有形文化財になっています。


【参道】


大型の墓地の近くに無料駐車場がありました。


【総門】


境内の雰囲気と相まって総門の佇まいがたまらない。


【石仏】


観音さん、お不動さん、お地蔵さんです。


【石塔】


石塔の初層と二層に石仏が祀られていました。


【山門】


この雰囲気は最高です。

是非ともこの素晴らしい雰囲気を体感していただきたいですね。






これを最高と言わずして、何を最高と言えるのだろうか。

大本山永平寺と總持寺に次ぐ格式の高さに偽り無し!

というか、山門の素晴らしさは両大本山のそれを遥かに凌駕している。

久しぶりに山門を見て感動しました。


【仏殿】


山門より先は無段撮影禁止なので、
これ以上撮影出来ませんでした。

しかし、仏殿の奥の法堂まで参拝出来たので良かったです。(^^


【御朱印】


とても良いお寺であった。

お勧めです。
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尾山神社(2017年8月17日参拝)

2017年09月11日 | 神社
8月17日は前田利家公の正室お松の方が亡くなって、
ちょうど400年になるそうです。

そんな日に参拝出来るとは、これも御縁ということですね。

ちなみにお松の方の御祭神名が前田松子命。

一気に庶民的な普通の現代にもいるような名前ですね。(^^;


尾山神社は約3年半振りの参拝です。

<2014年1月3日参拝>
http://blog.goo.ne.jp/05100625/e/d52c89e92546adcfbe7e29f088cf5790


所在地:石川県金沢市尾山町11-1
主祭神:前田利家公、前田松子命
創建:明治6年(1873)
社格:別格官幣社、別表神社


【由緒】
慶長4年(1599)3月3日、利家公が薨去。
その後、二代利長公は利家公を仰ぎ神として祀ろうとしたが、
当時の前田家は外様大名の立場であり、利長公とて徳川幕府を憚り、
公然と神社創建に踏み切ることは出来ませんでした。

前田利長公は守護神としていた物部八幡宮並びに榊葉神明宮を遷座する名目で、
卯辰山麓に社殿を建立し利家公の神霊を合祀しました。

これが卯辰八幡宮で藩をあげて厚く祭儀を執り行い尊崇しました。

廃藩置県後、旧加賀藩士等は祭祀を継続し、利家公の功績を不朽に伝えんと、
明治6年(1873)旧金谷御殿の跡地である現在の社地に社殿を新築し、
尾山神社と称して郷社に列せられます。
 
明治7年(1874)には県社に昇格、
その後、明治35年(1902)に別格官幣社に列せられた。

また、平成10年(1998)には正室のお松の方も合祀されました。


【鳥居】


無料駐車場は満車だったけど、
この鳥居まで行くとガラ空きだった件。(泣)

先ほど参拝した尾崎神社にも駐車場があったし、
無駄に駐車料金300円を払ってしまった。(^^;

しかも後で分かったけど、
無料駐車場に停めてる連中のほとんどが、
兼六園に行っていると思われ。

なんかムカつくわ~。

でも、そんなムカつきも神門見たら忘れたわ。(^^


【神門】


先ほどの鳥居と反対側にあるので、
境内を横切り一旦外に出ることにした。(^^;

めんどくせー。(笑)

でも、この神門は境内より外から見た方が断然イイからね。


【鳥居】



【神門】






この神門は誰がどう見ても素晴らしい。

和漢洋の三洋式を混用しているということですが、
パッと見は洋風テーストが強い。

しかし、もし下層部分が上層部分と同じ色だったとしたら、
ここまでの渋さ、素晴らしさを感じ無いだろう。

重要文化財。


【拝殿】





【狛犬】



【前田利家公像】



【お松の方像】


利家公が亡くなった後は尼になり芳春院と号しました。

芳春院といえば大徳寺の塔頭を思い出しますね。


【兜】



【神苑】



【御朱印】


右下の印は毎月絵柄が変わります。


【御朱印帳】


随分前にツィッターで尾山神社が、
大好物の木製御朱印帳が発売したのを知っていた。

ようやく入手出来て嬉しい。(^^

小さいサイズで2500円でした。(御朱印代別)
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