東久留米 学習塾 塾長ブログ

東京都東久留米市滝山の個別指導型学習塾「学研CAIスクール 東久留米滝山校」塾長白井精一郎のブログ

大鏡 「弓争い」

2017-06-18 12:58:48 | 国語の話
こんにちは。東久留米市の学習塾塾長です。

先日、高2の塾生に高校の古典の授業で何を読んでいるのが尋ねたところ、大鏡の 「弓争い」 とのことでした。

大鏡は大学入試に頻出ということもあって、高校のころから馴染んでいて、今でも枕元に新潮社の 「新潮日本古典集成 大鏡」 が置いてあって、寝る前にちょくちょくそれを開いています。

弓争い」 は、内大臣藤原伊周(これちか)とその叔父道長の弓競技会での様子を描いたものです。

このなかで道長は、 「道長が家より、帝・后たちたまうべきものものならば、この矢あたれ」 と言って矢を射たところ、的のど真ん中に命中し、続く伊周は、すっかり気後れし手も震えてしまったため、的を大きく外してしまいます。

さらに二本目の矢を射る道長は、 「摂政・関白すべきものならば、この矢あたれ」 と言って矢を射たところ、またもや的のど真ん中に当たり、このとき伊周の父道隆は、二本目の矢を射ようとする伊周に、 「何か射る、な射そ、な射そ」 と制止し、座が白けてしまった、という逸話です。

伊周は正暦5年(994)に21歳で、29歳の道長を超えて内大臣に昇進し、翌年には父道隆に代わり関白職を代行しますが、疫病で道隆が没したのち、道長の妹で一条天皇の生母詮子の支持などで、道長が内覧(のちに摂政)になり、藤原氏の氏長者争いに勝利します。(二本目の矢の通りになりました/大鏡が後で書かれているので当然ですが)

さらに道長は、娘4人を皇后や皇太子妃(一条后彰子、三条后姸子、後一条后威子、後朱雀妃嬉子)とし(一本目の矢の通りになりました)、大きな権力を握ります。

大鏡には、他にも多くの面白い話が書かれています。興味のある人は手にとってみてください。

東久留米の学習塾学研CAIスクール 東久留米滝山校
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