はいほー通信 短歌編

主に「題詠100首」参加を中心に、管理人中村が詠んだ短歌を掲載していきます。

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湾岸戦争におけるニューウェーブの役割~荻原裕幸「日本空爆 1991」を題材として (3)

2012年09月21日 19時50分41秒 | インターミッション(論文等)

   3.「日本空爆 1991」


そういった作品群の中で、ひときわ異彩を放ったのが、荻原裕幸による「日本空爆 1991」だ。
初出は、俳句誌の『地表』Vol.29・No.5(1991年5月20日発行)。その後、改稿され、歌集『あるまじろん』(1992年)に載せられている。
ここでは、初出を中心に見ながら、話を進めていこう。

内容は、15首による連作。
見開き2ページに掲載され、末尾に10行二段のコメントが付されている(別紙参照)。
ちなみに、これが歌集『あるまじろん』になると、歌は20首に増やされ、前半の歌の並びも変えられている。コメントも新しく書き直され、歌群の始めに置かれている。なにより、ページ数が5ページに増え、それによって読者が受けるインパクトや印象が、少なからず違ってくることになる。

細かく見ていこう。
まず、最初の二首。

  空爆のけはひあらざるあをぞらのどこまでもあをばかりの一日

  ジンセーの沸点である二十代を越えつつもはや待つものもなし

歌集での一首目は

  おお!偉大なるセイギがそこに満ちてゐる街路なりこの日本の街路

という、初出では無かった歌が配置され、「空爆のけはひ~」は二首目に置かれている。
「セイギ」とカタカナで書かれた、どこか胡散臭い当時の空気を示す歌で始まる歌集も良いが、タイトルのすぐ左にまた「空爆」の文字を持ってきた初出も、ビジュアル的に見て悪くない。
つづいて、やはりカタカナの「ジンセー」(末尾を伸ばすことにより、より胡散臭さを増している)で始まる二首目。「待つものもな」い、と空しさを歌い、空爆を待ち望んでいるかのようにも見える。
三~五首目、

  むかしむかしわれの異国でありソコクならざる父は軍人だった

  日日はしづかに過ぎゆくだらう虹彩を揺れながらゆく燕あるのみ

  おだやかと言ふほかになきごみの日のごみ袋にはサヨクシソーが

荻原裕幸の父が軍人であったかどうかは、ここでは関係ない。「むかしむかし」、今とは全く違う日本は軍事大国であり、そこに生きるすべての人は「軍人」だったのだ。
「しづかに」「おだやかに」と、しつこいほどに平穏さ(その底に流れる空しさ)を強調している。
六、七首目。

  戦争で叙情する莫迦がいつぱいゐてわれもそのひとりのニホンジン

  四月のある日に猫にどうでもいいことの履行を求めてゐるひるさがり

「戦争で叙情する」とは、短歌や文学のみを指しての語ではないだろう。
「戦争」という言葉に生々しさを持てず、気分的に反対、賛成を叫ぶ「ニホンジン」全体を示すものと思われる。
猫に「どうでもいいことの履行を求め」るような、虚しい毎日。いや、主体は本当に、猫に求めているのかもしれない。
ここまでの七首のうち四首で、あえて漢字をカタカナに変換している(セイギ、ジンセー、ソコク、ニホンジン)ことに留意。これが、後半になって生きてくる。

八首目から、有名な、記号による絨毯爆撃が始まる。

  世界の縁にゐる退屈を思ふなら「耳栓」を取れ!▼▼▼▼▼BOMB!

第四句までは、前半の続き。いい加減「退屈」にうんざりした主体が「耳栓」を取ったとたん、世界が異界に変わる。

  ▼▼雨カ▼▼コレ▼▼▼何ダコレ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼BOMB!

  ▼▼誰カ▼▼爆弾ガ▼▼▼ケフ降ルツテ言ツテヰタ?▼▼▼BOMB!

  ▼▼▼▼▼ココガ戦場?▼▼▼▼▼抗議シテヤル▼▼▼▼▼BOMB!

九首目以降はひらがなが消え、カタカナ、漢字、記号のみの世界となる。
平和日本において、降ってくるものは「雨」しか無かった。
爆弾は普通、予告されてから落とされるものではない。
「抗議」という単語が出てくること自体、主体が今まで甘っちょろいニヒリズムの中にいたことを示している。

  しぇるたーハドコニアルンダ何ダツテ販売禁止?▼▼▼▼▼BOMB!

  ▼▼金ガ▼▼▼アマツテ▼ヰルノカ▼▼遊ブノハ止セ▼▼▼BOMB!

平和で情報豊富な日本では、「しぇるたー」の存在は知られている。が、見たことのある者も、そこらで「販売」されている物でないことは知らない。
「金」が余って「遊」んでいたのが、たった今までの自分たちであった、という皮肉。

  ▼▼▼街▼▼▼街▼▼▼▼▼街?▼▼▼▼▼▼▼街!▼▼▼BOMB!

  ▼▼▼▼▼最後ニ何カ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼BOMB!

最後の二首。
「▼」という記号は、もちろん降ってくる爆弾をイメージしたものだろうが(第二次大戦やベトナム戦争の大空襲)、音として読んでも、短歌のルールを逸脱していないことに留意。
仮に「▼=ど」、「BOMB=ボム」として読むと、

  どどどどどココガ戦場?どどどどど抗議シテヤルどどどどどボム!(十一首目)

  どど金ガどどどアマツテどヰルノカどど遊ブノハ止セどどどボム!(十三首目)


句跨り等はあるものの、八首目以降すべて定型に収まっている(八首目のみ、初句七音)。
これはもちろん、詠者のこだわりだろう。新規なるものを短歌に加える代わり、それ以外のルールの逸脱を嫌ったのだ。
それはともかく、この十四首目はどう読んだら良いだろう。
いろいろな街に、あるいは街のあちこちに、爆弾が降り注いでいる。そう読んでもおかしくはないが、三つの「街」の上に付けられた▼は街の名を表している、と見ることも出来る。
タイトルは「日本空爆」であり、ひとつの都市のみが攻撃を受けている、と規定することもないのだ。
ただそうなると、日本では都市を○○街と呼ぶ習慣(べーカー街やニューヨーク街のように)があまり無いことがネックになる。無理読みではあるが、可能性の一つとして考えても良いだろう。
ラスト十五首目は、五文字と「BOMB!」以外、すべて▼で埋まる。最後に言い残すことが出来る、とまだ信じている主体の甘さが悲しい。

この一連が発表され、一年後に歌集に収められたとき、短歌界では賛否両論が巻き起こった。
そのほとんどは、大胆すぎる記号の取り扱いについて論じられたが、今見てきたとおり、連作「日本空爆 1991」は、決してアイデアにのみ寄りかかった、発作的作品ではない。
実に用意周到にストーリーや伏線が張り巡らされた一連であり、連作という点で見れば、伊藤左千夫の連作論以降、営々と築き上げられた伝統をフルに活用している。
旧仮名遣い、文語使用(混合ではあるが)、調べの重視等、先に言ったように、短歌のルールを頑ななまでに守る姿勢。
それらがあるからこそ、記号とアルファベットの過剰仕様が生きてくるのだ。

さらに「短歌の伝統」、ということで言えば、「縦書きの効能」が挙げられる。
この一連が発表された当時は、インターネットはまだほとんど普及しておらず、パソコンはおろかワードプロセッサーでさえ、ようやく仕事場などで使われ出したころだ。
それでも、日本語が従来の縦書きから横書きへと、公用文書さえも含めて移行しつつあるのが、この時代だった。
実際、この数年後には、短歌でも横書きの作品は珍しくもなくなる。
だが、この連作に関して言えば、縦書き以外では絶対に効果を発しない。
これを横書きにした時点で、作品の意図、面白味は全て失われ、意味も分からない文字の羅列と化すだろう。
ニューウェーブの旗手の一人である詠者は、数年後に訪れる横書き全盛の時代を、おそらく予感していたはずだ。
だからこそ、日本の伝統である縦書きでしか表現できない作品群を、この時代の変換点に留めたかったのではないか。
 タイトルの「1991」のみ横書きであるところに、詠者の逆説的な意図が伺える。

もうひとつ、特に初出に関して、挙げなければならないことがある。
八首目以降最終首に至るまで、文字数が全く同じであることだ。
カギ括弧やクエスチョン・エクスクラメーションマークも1文字と数え、三十二文字。
ページを開き、まず目に飛び込んでくるのが、その異様なまでの整然さだ。
縦も横も、まるで軍人の整列を見るように、過ぎるほどに揃っている。
見開き二ページの中に、これだけきっちりそろった▼マークが展開された場合、そのインパクトはかなりのものになる。末尾に並べられた「!」が、それをさらに強調している。
初出誌『地表』は、俳句の個人誌である。
俳句は通常、数句をまとめて載せる場合、均等割(頭と尻の文字を揃える)を行うが、その流れで、この一連も(前半七首を含め)綺麗に上下が揃えられている。
そのことが、詠者の意図(当然、意図的だろう)を、ますます浮かび上がらせている。
残念なのは、歌集『あるまじろん』では、そのインパクトが若干薄まっていることだ。
初出誌は、狭い紙面に十五首を詰め込まざるを得なかったハンデを逆用し、▼の破壊力が一目で分かるようになっている。
だが、歌集の場合、その常として、一ページにはそれほど多くの歌を詰め込まない。
もちろん、そこは工夫され、最後の八首は見開きの中に収まるようになっているが、どうしても初出のような密集感が薄れてしまっている。
これは仕方のないことだろう。

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