このゆびと~まれ!

「日々の暮らしの中から感動や発見を伝えたい」

「人の言葉に傷つかない自分」になるには

2016-10-11 | 人生

私のストレスのもとになった人や、私を深く傷つけた人であればあるほど、その当時の人間関係が、あとあと、魂の糧になっていくことが多かったと感じています。

 

特に、自分に対する批判のなかには、自分を、もっと素晴らしい人物へと飛躍させていく芽が潜んでいます。要は、その批判をうまく汲み取って、自己改善の方向に持っていけばよいのです。

 

相手は、それほど深く考えずに言っている場合もあります。「そのときの事情や、その場の雰囲気で、たまたま思いついたことを言っただけだ」ということも数多くあるのです。それに対して、十年も二十年も傷を引きずるということがあってはいけません。

 

相手も、「十年も二十年も苦しめてやろう」「一生苦しめてやろう」などと考え、そこまで狙って、“矢”を放ったわけではないことが多いのです。

 

もちろん、たまには、そういうこともあるかもしれません。相手が、「こいつを一生呪ってやろう」と思い、狙いに狙って、ベストタイミングで矢を打ち込むようなことも、一生のうち、一回や二回ぐらいはあるかもしれませんが、普段の日常生活では、そこまで考えていないことが多いのです。

 

お互いに、普通の人間であることが多く、必ずしも聖人君子ではありません。

そのため、相手の言葉を真に受けて傷つくのは避けられないにしても、やはり、一晩寝たら忘れてあげなければいけないでしょう。そういうレベルのことが多いのです。

 

特に、宗教的に純粋な人は非常に傷つきやすいので、やはり、ある程度の強さを持たなければいけないでしょう。

 

生き物のなかには、ナマズやウナギのように、体の表面に鱗がなくヌメヌメとしたものもいます。

また、鱗が付いている魚もいれば、亀のように甲羅を背負っているものもいます。そのように、防衛のレベルには、いろいろと違いがあります。

 

ですから、みなさんも、「どの程度、その『批判の矢』を受けるだけの防衛装備を身につけるか」ということを考えたほうがよいでしょう。

 

一方、自分を傷つけた相手のほうも、「言い間違えた」「傷つけた」と感じていることがあります。しかし、「悪いことを言ってしまったな」と思っていたとしても、これがなかなか謝れないものなのです。

 

たまには、「あのときは、ごめんなさい」と謝るチャンスが出てくることもありますが、そのチャンスを逃してしまうと、もはや謝ることができません。つまり、こちらが傷ついている姿を見て、向こうが傷つくこともあるからです。

 

やはり、一晩寝たら忘れてしまうだけの胆力をつけることが大事です。「そのようになろう」と努力して思っていれば、だんだんそうなっていきます。

 

「人の言葉に傷ついたときは、『一晩寝たら忘れよう』と考える」(仏法真理)

 

---owari---

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