このゆびと~まれ!

「日々の暮らしの中から感動や発見を伝えたい」

「自衛隊員の命を護れ!」と言った民進党幹部

2017-07-08 | 政治・経済

宗教団体の多くは、今、政治問題としては、「反戦」「平和」「環境保護」等に取り組んでおり、そちらのほうを支援する方向に行っている団体が多数です。お坊さんたちもそうですし、新宗教もキリスト教も多数はそうです。

 

「反戦」「平和」「環境保護」「沖縄のジュゴンを護れ」などの言葉は、耳障りがとてもよく、訴えていて気持ちがよいのです。

 

一方、例えば、“戦争法案”と言われている、日米が共同で軍事行動を取れるようにする安保法案は、「よろしくない。戦争に巻き込まれるではないか」と言われたりしています(注。安全保障関連法案は、2015年9月30日公布、2016年3月29日から施行された)。

 

民進党の政調会長になった方が、「自衛隊員の命を護れ!」と言っているのを聞いて、私は引っ繰り返りそうになりました。「ええっ?自衛隊員が日本国民の命を護るのではなかったのですか」と思い、一瞬、耳を疑ったのです。

 

例えば、火災がたくさん発生しているときに、「消防隊員の命を護れ」と言って、一生懸命、消防車の前で演説している人がいたら、普通は、「あなた、何を言っているのですか。火事で燃えている所から、命を懸けて人を助け出すのが、消防隊の仕事でしょう?火消しをするのが消防隊の仕事でしょう?」と言われるでしょう。

 

「消防隊員の命を護れ。出動しては相ならん!」と言っている人がいたら、「ちょっとおかしいのではないか」と思うのが常識でしょう。

 

そのように、生命の危険を伴う職業も世の中にはあります。

警察官もそうです。「警察官の命を護れ」と言っていたら、警察官は危険な所には出かけなくなります。「今、ナイフを持った男が家に押し込んできました。来てください!」と言われたのに、警察官が、「いや、私も怖いから行きません」と言っていたら、仕事になりません。これでは単なる「税金泥棒」です。そうとしか言いようがないのです。

 

職業によっては、他の人たちを護るために、生命の危険を伴う働きをしなくてはいけない人もいるわけです。

 

宗教系統の人たちが「悪」に対して勘違いしてはいけないことがあります。

この世の人が死んで不成仏になっている場合もあります。それはよくあることではありますが、それ以外に、(生きている人のなかで)大きな野心を持ち、この世の中を悪くしようとしている人たちが動いているときには、やはり、これを止めようとして、現実の行動を起こさなければいけないこともあります。

 

そのためには、「個人の力」だけでは駄目で、多くの人たちの「集合の力」が要ります。たくさんの人の思いを集め、その悪くしようとしている「方向性」を変えていかなければならないのです。

 

そのあたりを勘違いしてはいけないと思います。よく考えてください。

「平和」や「環境保護」を訴える人たちはいますし、宗教系統の人たちも、そういうことを言うのがすごく好きです。私も、できればそれを言ってみたいと思ってはいるのです。

 

しかし、その結果、最終的に卑怯な自分をつくり、他の人々の幸福についてはどうでもよく、無関心で、「ただただ自分のことだけをやっていればよい」という気持ちになるのであれば、問題があるのではないでしょうか。

このあたりは、もう少し賢くないといけないのではないかと思います。

 

---owari---

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「円高問題」が産業の空洞化... | トップ | 男女の役割 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

政治・経済」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL