徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「百日告別」―失われた愛と苦しみを乗り超えて彷徨する魂の行方―

2017-05-20 14:00:00 | 映画


 「九月に降る風」2008年)台湾トム・リン(林書宇)監督が、妻を亡くした自らの経験を映画化した。
 リン監督は2000年代後半に頭角を現した監督だが、長編第二作「星空」(2011年)を完成させて直後に、若き妻を病で失った。

 最愛の人を失ったとき、人は喪失感をいかに克服し、乗り越えていくことができるか。
 宗教的な香りも漂う作品だが、人間の愛別離苦を見つめながら、人生という旅路を生きようとする人たちが描かれる。




ある日、多重交通事故に遭ったシンミン(カリーナ・ラム)は、同乗者で婚約者のレンヨウ(マー・ジーシアン)を失った。
シンミンは数ヶ月後に、調理師のレンヨウとの結婚式を控えていたのだった。
遺族になれない彼女は、レンヨウと訪れることになっていた沖縄の新婚旅行に一人で出かける。
一方、この時の事故で、妊娠中だったピアノ教師の妻シャオウェン(アリス・クー)を助けられなかったユーウェイ(シー・チンハン)は、ピアノのレッスン料を返すため、妻の生徒たちの家を一軒一軒訪ねて回る。
ユーウェイは仕事も手につかず、ひたすら妻の面影を追い求めるばかりだった。
二人ともに、人生の羅針盤を失ってしまったかのようだった・・・。

同じ交通事故で、婚約者を失くした女と妻を失った男・・・。
心を閉ざし、愛する人の面影を追い求める二人だが、初七日、四十九日、百ヵ日と、日本と同じように仏教の忌日をたどりながら、二人の日常を見つめることを、命題として突きつける。
一人で行くことになった沖縄旅行で、婚約者に見立てた枕を抱いて寝るシンミン、ピアノ演奏会で隣の空席をじっと見つめるユーウェイら、小さな光を放つ断片の連なりに、リン監督は様々な感情の起伏を注ぎ込む。

家族や恩師、友人や教え子との出会いの中、愛する者が残したものに触れ、そして最後の法要、百ヵ日・・・、仏教は百日目を境に泣き止むようにと説いているそうだ。
100日後、最愛の人との忘れられない記憶とともに、最後の法要に向かうシンミンとユーウェイだが、深い沈黙に包まれた山道で二人の胸の去来するものは何だっただろうか。

互いに別世界で生きてきた男女が主役なのだが、この作品中で二人をともにとらえる場面は、ちょっとあるだけでほとんどない。
彼らの背後から撮るようなショットが、彼らの抱える孤独や苦しみを雄弁に物語っている。
トム・リン監督台湾映画「百日告別」は、深い優しさに包まれたヒーリング・シネマであることは解るのだが、二人の愛とその苦しみを語りながら、結局何を言いたかったのだろうか。
行く先がさだかには見えず、人生という旅路の行き着く先が霧の中にかすんでいる。
台湾の街並みや自然、沖縄の美しい海が印象的だ。
全編に流れるショパンのピアノ曲が心にしみる。
しかし、トム・リン監督が悟りきったように言う「死というのは生の一部である」という言葉を、完全に受け止めるのは難しい気がする。
        [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点

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2 コメント

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特別ではない (茶柱)
2017-05-20 22:48:42
そんな映画がたまにはあってもいい気もしますけれど。

たまには。
大変穏やかな・・・ (Julien)
2017-05-23 15:39:43
作品なのですが、気分的にはちょっと暗くなりますか。
もちろん見る人にもよるでしょうが・・・。

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