徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「 光 」―視力を失っていくカメラマンと映画のディスクライバー(音声ガイド)が問いかける生きることの意味―

2017-07-17 17:00:00 | 映画


 この作品は、視力を失っていく男性カメラマンと、視覚障碍者向けに映画の音声ガイドを制作する女性の、物語だ。
 河瀬直美監督は奈良を舞台に、人間の心の再生を描く。
 彼女が奈良で劇映画を制作するのは、6年ぶりである。

 河瀬直美監督1997年「萌えの朱雀」で、カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞2007年「殯(もがり)の森」では同映画祭グランプリ獲得し、2013年には日本人監督として 初めて審査委員を務めた。
 カンヌ常連の一人だが、今回パルムドールを競うコンペティション部門に選出されながら、惜しくも賞を逸した。
 しかし、作品上映後10分間も、2千人を超える観衆のスタンディング・オベーションが鳴り止まなかったという。



美佐子(水崎綾女)は単調な日々を送っていたが、目の不自由な人のため、映画の刺客情報を言葉で伝える「音声ガイド」(ディスクライバー)の仕事をきっかけに、弱視の天才カメラマン雅哉(永瀬正敏)と出会う。
視覚障碍者に感想を聞き、ガイド原稿を推敲するが、雅哉からは厳しいダメ出しを繰り返される。
美佐子は、彼のそんな無愛想な態度に苛立ちながらも、彼が過去に撮影した夕日の写真に心を突き動かされ、いつかその場所に連れて行ってほしいと願うようになる。

雅哉は、命よりも大切なカメラを前にしながら、次第に視力が失われてゆく。
雅哉の葛藤を見つめるうちに、ある過去を抱える美佐子の胸のうちは、彼の作品に揺さぶられ、彼女の中の何かが変わり始めるのだった・・・。

薄明かりの中に浮かぶぼんやりとした風景は、雅哉の視力が失われつつあることを暗示している。
美佐子が彼に、自分の頬に触れさせる時の眼差し、雅哉がうつむき、見える角度を必死で探そうとする形相、窓から差し込む陽光、どこまでもそれらは光の加減をとらえた情緒的な映像だ。
人間の絶望と希望の狭間に苦悶する心模様が、繊細な表情のアップで描かれる。

美佐子は、北林(藤竜也)という映画監督の作品をガイドする。
北村自身の演じる老境の男が、愛する女を追う。
映画の中にもうひとつの映画が挿入され、二つの物語が交錯する。
このとき、希望を見せたという北林の願いを知って、男がひとり行くラストシーンの解説に美佐子は悩む。
見えない、ということを、彼女は必死になって理解しようとし、雅哉の障碍を理解しようとする。
劇中、北林のセリフを借りて語られる願いは、河瀬監督の祈りではないか。

そうなのだ。
見えない、いや見えなくなるものが、ひとが見えなくなるということは、いかに絶望的なことか。
こうした強い弱視になった人々には、希望と絶望が同時に存在するという。
俳優永瀬正敏は、奈良に住んで撮影期間中1ヵ月半、アパートで視覚を遮断するゴーグルをつけて暮らし、自ら不自由さを実感したそうだ。
河瀬直美監督新作「 光 」は視力を失っていく主人公を描いたドラマで、光を失った人が見える光を表現したかったと語っている。
河瀬監督は自身年齢を重ねたことで、受容と再生の物語をここに綴って、それはまた、彼女の商業シネマデビュー20年の軌跡を十分に感じさせるものでもある。
        [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回はドイツ=オーストリア合作映画「ありがとう、トニ・エルドマン」を取り上げます。

ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 映画「草原の河」―生と死の無... | トップ | 映画「ありがとう、トニ・エ... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
光って (茶柱)
2017-07-17 23:18:57
なんでしょうね。
なんでしょう。
日本語で・・・ (Julien)
2017-07-23 04:57:46
たったひとつの漢字ですが、意味は深いですね。
一言では、とてもとても・・・。

コメントを投稿

映画」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL