映画芸術への、ひとつの実験(試み)のように見える。
1970年代、やるせない空気が漂っていた時代だ。
東京の阿佐ヶ谷に、井伏鱒二、太宰治らが文学コミュニティを形成していた頃である。
漫画界に君臨していた永島慎二のもとに、彼を慕う若者たちが次第に集まり、地元文化を題材にした作品を次々に発表していた。
その中のひとりが、安部慎一だった。
この頃、彼は、伝説の雑誌「月刊漫画ガロ」の次世代の作家として、注目を集めていた。
しかし、創作の不安、焦り、絶望が彼を蝕み、精神を病んでいた。
一時筆を置いたこともあったが、私生活に根ざした創作活動を続ける彼の作品は、日々の愛情、友情、挫折や疑念までも赤裸々に描き出した。
数ある短編のモデルは、ただひとりの恋人であり、のちの妻となった美代子だった。
坪田義史監督の本作は、そのひとりの私漫画家の実像に迫っていく。
オープニングは、漫画のコマから実写にもっていく、変わった作りだ。
70年代初頭だった。
漫画家安部慎一(水橋研二)と、恋人の美代子(町田マリー)は、阿佐ヶ谷で同棲生活を送っていた。
彼女をモデルとして、月刊漫画ガロに発表した「美代子阿佐ヶ谷気分」は、彼らの一番美しい青春の季節を切り取っただけでなく、当時の若者たちを取り巻く時代の空気感をもすくい取り、安部の代表作となった。
しかし、自らの私生活の中で、創作の糧を見つけようとする安部は、次第に行き詰まり、焦りと絶望は、やがて狂気をはらんでいく。
その傍らで、美代子は自らの性(さが)を強く意識し始めるのだった。
「私たちだけ幸せなら、それでいいじゃやない」
運命の二人の愛の変遷が、綴られていく・・・。
どこか、妙に悲しい映画なのだ。
あまり好きな言葉ではないが、アングラ映画ともいえそうな、一種幻想のドキュメンともいえる。
坪田監督が、この作品でそれを試みたかったのか、漫画家・安部慎一とその作品、安部と美代子との年月を描くために、破滅の淵まで堕ちるぎりぎりの生活をドラマとして描きながら、この映画は、安部の日常を破壊する幻想を描き出している。
安部は、精神病院への入退院を繰り返しながら、断続的に執筆活動を続け、現在も小説にまで創作活動を広げている。
作品に描かれる美代子のヌードシーンも、下世話な演出ではないから、ときに生きている彫像のようで、エロティックでもないし猥褻感もない。
坪田監督の言葉によれば、「もっと記号的に、その身体自体がそこにあるような、妄想の中の異界の風景に溶けこむことの出来る裸の表現」を、美代子役の町田マリーに要求し、彼女もこの新鋭監督によく答えたそうだ。
出演は、『ガロ』ゆかりの人々が多数ゲスト出演し、一方佐野史郎が存在感を見せている。
この映画は、いま日本の各地を縦断公開中で、今回も監督自らのトークショウがあって、撮影の裏話など聴く機会があったが、熱っぽく語る彼の眼は、いきいきとしていた。
どうやら、映画を学んでいる大学生や専門学校生あたりに、女性も交えてかなりの人気があるようだ。
概して彼らは、誰もが映画論や芸術論が好きなようで・・・。
物語の中で、安部は、目の前の現実としての美代子の瞬間の表情をカメラで撮り、そこから彼自身が幻想の物語を紡ぎだしているように見える。
たとえば、卓袱台に顔を押し付けた安部の目の前に、小さな人差し指くらいのサイズの裸体の美代子が歩いてきて、「まだ、あきらめないの」と言うショットがある。
時々、おやっと思うような、一瞬理解されにくい前衛絵画を見せられているようなシーンもありで、そんなところをとらえて、シュールレアリスティックだという人もいるが・・・。
確かに、この作品はドキュメンタリー風だ。
人物の表情や動きも、当たり前のように自然だ。しかも、どこまでも一途に・・・。
純愛への狂的な陶酔か。
他者への偶像的な賛美か。
観る人によって様々な顔を見せる、坪田義史監督の作品「美代子阿佐ヶ谷気分」は、青春劇画を映画化したものだが、映画そのものは、まだまだ実験的な色彩が強く思えてならない。
坪田監督は1975年生まれ、「でかいメガネ」でイメージフォーラム・フェスティバル2000グランプリ受賞、これからの作品に期待がかかる。
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黒澤明とはいかないまでも、大学を出て数年でもう映画を作ってしまうんですね。