そとさま雑記

自然と平凡な日々の暮らしを記録します。 

昨日のつづき・・・漫遊記

2017-06-16 10:32:34 | Weblog

昨日は失礼しました。

打ってる最中に猛烈に眠くなり、やむを得ず打ち止めにしました。

三バッサンと書きましたが、今回Aさんが都合で参加出来なかったので

二バッサンで散策でした。

大人になってから里見公園へ行ったのはわずか3回ぐらい。

その度に違和感があった!

子供のころの思い出とあまりに違い過ぎるのだ。

明るく整備され、バラ園などが華やかに造られ人を呼ぶようになった。

初めて正面入り口から入った時、「エッ、これは?」と絶句。

子供の頃の強烈な思い出とあまりに違った光景に。

同じ市川っ子でも友人は全然違う印象だったようなのだ。もう一人の印象

はどうなのか、今度聞いてみたい。

今回、その疑問が解けた!

正面でなく総寧寺を抜けて北口から入ったら、その痕跡が色濃く残ってい

た。期待で胸がどきどきしはじめた。

子供の頃、市川小のクラス仲間(男女)でよく里見公園へ遊びに行った。

そこは子供にとって谷あり山ありのちょっと怖い不思議なパラダイスだっ

た。一人ではとても行けない、ヒ・ミ・ツの場所のような。

何しろ不思議な起伏があるのだ。かくれんぼするのに最適だが、一人でか

くれると怖くて叫びたくなる。

元々の地形もあるのだろうが、戦争中に軍の用地となり高射砲隊が置かれ

たらしく大きな穴も掘られたようだ。

友人の持参した資料を読むと、その大きな穴が掘られたのは今のバラ園の

場所で二つあったとのこと。

この穴については、異論もあり防空壕だったとの説もある。

いよいよ私の頭のなかの記憶と一致した。

里見公園へ行くとすぐに大きな穴が出迎えてくれ、すこしオドロオドロし

い気分になったものだ。

里見公園の井戸で手を湿らせ、右へ江戸川沿いへ向かうと階段状になった

船着き場へ出た。

あれッ、これってもしかしたら昔子供二人を連れてきて矢切の渡しへ渡っ

たところかな? 今はどうだか知らないが、あのころ土・日だけここから

渡し船が出ていたのだ。

その江戸川沿いの道をしばらく歩き、軍の貯水槽の名残りなどを見て旅団

坂を下り、国府台駅近辺で食事をして本日のコースは終了。

しかし、この近辺学生街なのでお食事処が沢山あるかと思いきや、とんと

無いのに参った!

何とか、寅さんに出てくるような中華やさんを見つけ、やっと食事にあり

ついた。

ま、歩いてみてわかるけど、この年齢になるとあちこち一杯は見られない。

どこか目的を一つ定めて、息ながく続けたいもの。

次回はじゅんさい池から国分方面へ行くことに決定。

でも、昔の自分に出会えた楽しい道筋だった。

友人のネット検索に感謝・感謝。

 

 

 

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