shining's ブログ 「音楽と旅と珈琲と」

音楽大好き男の徒然なる日記

鎮魂の日航機123便/1985年8月12日

2017-08-13 | 日記
その頃。
自分は国鉄(現JR)のワイド周遊券を片手に北海道内を旅していた。
下りの夜行急行「八甲田」はねぶた祭りの観光客などで満席のため、八戸まで通路(デッキ部分)に立ったまま寝る苦行も経験した。
ユースホステルとこの頃から話題になってた「とほ宿」をはしごする旅だった。
札幌市内にも宮の森シャンツェにユースホステルがあり、口コミで話題になってる礼文島の「桃岩荘ユース」にも泊まって、夜のミーティングは熱狂のコンサート並だった。

8月13日の午前中。
自分は次の宿に向けて路線バスで移動中、始めはラジオをつけて運転しているのに何の違和感も感じなかった。
が、交通情報で埼玉県の奥地にある「中津川林道」が通行止めになってる報を聞いて、さすがに「??」と感じた。
そして時報のあと、NHK第1のニュースで初めて大惨事を知ったのだ……

日航機123便(東京羽田発大阪伊丹行き)が操縦不能に陥り、20分以上のパイロットたちの苦闘も虚しく、
群馬県上野村は御巣鷹山の尾根に墜落炎上してしまったのだ。
乗員乗客524名中、生存者はたった4人だった。
この事故であの「上を向いて歩こう」の坂本九さんなどが犠牲となり、明石家さんまがひと便早い「全日空」機に搭乗してこの事故から免れることができた。

今聞いても悲しく、痛ましい事故だ。
自分も社会人になってからは、東京~札幌間の往復が否応でも飛行機中心になってしまい、当時以上に他人事ではなくなった。

飛行機に乗った経験のある方ならおわかりと思うが、荒天時の揺れは生きた心地がしない。
電車なら旅情も感じられるが、こと飛行機は“墜落”の文字が心に浮かぶ時もある。
自分の搭乗体験で最も揺れたのは、台風が日本海を北上中に千歳から羽田へ太平洋上を飛行中の時。
この時はCAによる「ドリンクサービス」さえ省略されるほどだった。
「キャプテン(機長)、よろしくお願いします」と思い続けて、羽田の滑走路に着陸した時にやっとひと息つけたものだ。

この区間の搭乗機の9割以上が「ANA全日空」なのは、ズバリこの事故が原因である。
しかもこの事故後の日航のリストラなどの軌跡を見ていても決してほめられたものではなく、現在のイメージキャラクターがジャニタレの「嵐」なのも、自分にとってはマイナスだ……閑話休題。


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2017年。 今年も遺族の方々が御巣鷹の尾根を登られている。
なかには高齢ながら精一杯登られた方もいらっしゃる。
が、ここ数年はこの特別番組をしないなぁ、と思った矢先、
18時台の羽田空港発伊丹空港行きANA全日空機で機内気圧が急低下して、羽田へ引き返すニュースがあった。
http://www.asahi.com/articles/ASK8D6T1LK8DUTIL029.html?iref=pc_extlink
「8月12日」「18時台の羽田発伊丹行き」とかつての大惨事と共通することがあり、一時騒然となったが、
とにかく、無事でよかった。


今も海外では公共交通機関の死傷事故が発生しているのが悲しい。
どうかこのような事故が二度と起きないように祈るとともに、犠牲になられた方々のご冥福を改めてお祈り申し上げます。
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