生物見遊散歩

「生物」を「見」て「遊」ぶ「散歩」を「(生)物見遊散(歩)」と呼んで、「自然観察」の姿勢として行こう。

熊野街道・・和泉市の辺り・・

2017年05月25日 | 日記
昨年の1/15に自宅近辺の熊野街道を、1/24に大阪市内の熊野街道を載せました。

部分だけですが、本日は、和泉市の熊野街道です。
こんなマップがありました。



泉井上神社です。



総社本殿です。
豊臣秀頼が慶長10年(1605年)に建立したもので、重要文化財に指定されているそうです。



説明書きです。
天平宝字元年(757年)河内国から、かつて和泉監のおかれていた大鳥、和泉、日根の三郡が分離して和泉国ができ、その国衙が当地におかれたそうです。
この時その東傍に総社を建立し、大鳥、穴師、聖、積川、日根野の神を祀ったとなるので、古い神社です。
神功皇后が半島より帰還した際に一夜にしてわき出したので、これを瑞兆として霊泉とよび宮を設け、そのほとりに社殿を造営したと伝わると言います。



街道筋の景観です。











井ノ口王子跡です。
熊野詣の道中、熊野の御子神を祀り難行苦行の信仰の道をつなぐために設けられた神社が「熊野九十九王子」で、その1つの跡です。



熊野街道は、ボチボチとつないで歩きたいと思います。
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槙尾川沿い3

2017年05月23日 | 日記
更に、遡って行きます。



小魚の群れです。



他には、こんな昆虫が見られました。

ハナダカカメムシの様です。



ナミテントウです。



セセリチョウです。



ゾウムシです。



アワフキムシです。



ジャノメチョウです。





JR和泉府中から泉北高速鉄道和泉中央までは、直線距離で5km位でしょうか。
面白いコースです。
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槙尾川沿い2

2017年05月22日 | 日記
槙尾川を遡って行きます。



センダンの花が咲いています。





トンボです。
シオカラトンボの様です。つながっています。



交尾の様です。
頭を尾で掴まえているのが雄で、雌の尾の部分を副性器に近づけています。





ナナホシテントウです。





バッタです。
ツチイナゴでしょうか。



もう少し続きます。
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槙尾川沿い

2017年05月21日 | 日記



JR和泉府中から泉北高速鉄道の和泉中央までを歩きました。

槙尾川は水が綺麗です。



付近の生き物です。

テントウムシが主体です。
蛹です。





ヒメカノコテントウです。



ナナホシテントウです。



ナミテントウだと思います。



これは、ハエトリグモの仲間だと思います。
ヨコバエでしょうか。捕食されています。



続きます。


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大阪中之島

2017年05月20日 | 日記
中之島ばら園です。
バラが丁度、見頃でした。





ばら園で見た昆虫です。





この辺りの景観は、少し日本じゃないみたいです。







堂島の地下街にあった堂島歴史地図です。

先ずは、左から「室町時代」「安土桃山時代」「江戸前期」の堂島地図です。



更に、左から「江戸後期」「明治時代」「現代」の堂島地図です。



室町時代(15世紀初め)では、土佐堀川、堂島川から海につながっています。
安土桃山時代(16世紀初め)では、大阪城が築かれ、堂島が福島、野田を分離して小さくなっています。
江戸前期(17世紀末~18世紀)では、堂島の護岸工事と新たな架橋工事が行われ、堂島新地が開発されました。

江戸後期(19世紀前半)では、米市場が堂島東部にあり、諸大名の蔵屋敷も堂島西部にあった様です。
明治時代(20世紀初め)では、諸大名の蔵屋敷の後に、大阪市役所、商工会議所、大阪商品陳列所、紡績所などが建てられています。
現代(20世紀後半)では、堂島は完全に曽根崎、福島と地続きとなり、高速道路、地下街が展開されました。

これは、中之島にあった昭和61年1月の碑です。
中之島の安全の確保と川との交流を図るため、防潮堤の耐震補強工事と遊歩道の整備を記念して建立されたとあります。



街並み散策でした。
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