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ベントなどを写真で紹介したいと思い開設をいたします。

久良岐公園探訪

2013-04-27 09:56:10 | 日記
今日は、三十数年振りに久良岐公園に行くことにしました。この公園は、子供がカブスカウト次代に、月一回の体集会のために利用したこともある場所で、それ以来訪れたことがありませんでした。
当時は、外郭や地形の整備したばかりの公園でありましたが、公園全体の見取り図によれば、面積二十三万平方メイトルに、文化施設や運動施設であるジャングルジムや自由広場には野球用のバックネットも整備されて、最近では、横浜市民の電車愛好家の手により、ボロボロ窓枠やパンダグラフの錆を取ったり、ペンキ塗装など車両を補修し、新品車両同然に蘇がらせて、定期的に市民に内部を公開しているようであります。
今日は、半日掛けて、この公園を探索することにしました。昭和48年に総合公園として整備して以来、入園は無料のため、管理事務所も無く入園者の喉を潤すために、自動販売機を設置しているだけで、公園の方々の入り口から、老弱男女はもとより、幼児がお母さんやお父さんに手を引かれている姿やお子様の手に昆虫網を片手に、池から流れ出るせせらぎに生息するザリガニや川海老狩りに夢中で採っている子供がいたり、思い思いに公園探訪をしているように伺えました。
この公園の中央部の坂道を降りて行くと能舞台、大池、中池は、こちら、と道知るべあり、その方向に歩いて行くと、桜の林や梅林が目に入ってきました。舗装された道の脇には、ツツジか真っ赤に萌えんばかりに咲き、入園者を笑顔で迎えてくれているように思えました。
そこを突き抜けると大池が見えてきました。看板には、危険であるからルァーは使用しないようにとありました。釣り人に聴いてみたところ、釣り愛好で毎年フナを放流するそうで、このフナを釣る感触を楽しみに、釣ってはリリースするそうです。
池をよく見ると清水を寄せ集めて、木の樋で池毎に水を配っており、簡素な風景が一段と心の安らぎを醸成してくれる一面があり、池には、蒲や葦が生えフナが安心できる隠れがありました。また、この公園にも猫ちゃんが、道に寝そべっており、本当に”のたりのたりひねもす”そのものでした。
それから、更に先に行くと能舞台があるはずが、行って見ると公園から出てしまうので、入園者に尋ねると、この雑木林の階段を上がって下りた処が能舞台と伺い、頑張って行ったところ、三面が山に囲まれ奥まったところに能舞台の建物が現れてきました。
建物の中に入ると学芸員の方がいらっしゃって、能舞台についての説明をして下さり、昭和40年頃、能楽愛好家であった「宮越賢治氏」が、今の公園の敷地内の一部なった所に、現「東京芸大」から不用になった能舞台をこの地に復元させ、その後、更に横浜市に譲渡されたそうであります。
この能舞台で、「日本舞踊講座」や「久良岐能舞台能楽入門講座」など受講生の募集を行っているので、時間がありましたら、是非友達共々参加してくださいと営業されてしまいました。
また、横浜生まれのシドニー育ちのMASAKIコンサート(アィリッシュハープのサイアイリン、パーカッションのクリストファー・ハーディ共演)がありますとパンフレットをいただきました。
それから、更に、山間の小道の階段を上ったり下りたり探索を続けるとジャングルジムや自由広場が見えてきました。看板によると野球やサッカーの練習に団体が利用でき、利用されていない時には、入園者が自由に使用することができるとありました。
「自由広場」の横には、ゲートボール場があり、ゲームを楽しんでいるグループがいました。更に、その脇には、金網に囲まれた当時使用されていた市電が展示されてありました。
久良岐公園は、自然豊で雑木林からの小鳥のさえずる声やオゾン一杯のそよ風が吹き抜け、気持の好い探訪を終えることができました。

(久良岐公園北門)

(ツツジの満開沿道)

(桜の林)

(大池を望む)

(カモが遊びにきています)

(配水のため木製樋)

(猫ちゃんの昼ねその一)

(猫ちゃんの昼ねその二)

(猫ちゃんの昼ねその三)

(能舞台への道)

(能舞台外観)

(能舞台の門)

(自由広場周辺)







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三渓園の散策

2013-04-20 11:59:18 | 日記

(三渓園正門)
今日は、一昨年秋以来の三渓園散策になりましたが、梅や桜が終ったのでどの様な草花を観賞できるか楽しみに来たのであります。
門に入ると直ぐ左に、藤棚から藤がすらすらと垂れ下がって、綺麗に咲き始めたばかりで淡い紫が映えていました。また、此れに負けず劣らずツツジが赤や白の花を満開につけ庭園を賑わしておりました。その他に、竹の子もニョキニョキと背丈ほどのものから、地面から、突き出したばかりのものまで、次の時代を背負わんとばかりに、勢いよく丈を伸ばしておりました。
また、ここにも猫ちゃんが、かがんだり、背伸びしたりと愛くるしい姿で、眠そうな顔で静に迎えてくれました。
この三渓園は、パンフレットによれば、古く明治・大正時代に掛けて製糸・生糸貿易を行っていた実業家、原三渓(実名「富太郎」)氏が、この谷あい地(53万坪)に日本庭園造り上げ、明治39年に一般公開されたものと標記されておりました。
公園は、一代で築いたものではなく、義祖父(善三郎)の時代に一帯の土地を購入されて、今、山頂ある三重の塔の近くに、別荘「松風閣」を建てたのが始まりで、本人「原富三郎」氏は、本宅として「鶴翔閣」を築造し居住されたのが始まりだとあります。
以来、本人は全国から、合掌造りの古民家や寺院等を移築し、その数、20棟を数えんとしております。
これらの築造物は、江戸時代から大正時代のもので、多種他用のものを移築しており、只々感心させられます。加えて、半分以上が国の重要文化財に指定されているのに、また驚きであります。建物のほか、同時使用されていた、道具や美術品が備わっております。これらの管理は、「財団法人三渓園保活会」が設立されて、現在に至っているようです。
このように、「三渓園」は、原氏の名前を割愛されて付いた庭園で、外苑(当初一般公開)と内苑(自宅庭園)とに分かれておりますが、それぞれ池や小川のせせらぎぎ守られた閑静豊なところであります。
ここへくれば、緑が一杯で沈んだ気分も一揆に晴れわたり癒されます。私も天気がよく、清々しい気分で散策させていただき、帰宅することができました。
今年は、財団設立60周年記念で、4年振りに重要文化財を一挙公開するとあります。日程は、来る6月8日(土)から6月16日(日)の9日間模様されるそうであります。このほか、入場者に庭木の配布など、いろいろとイベントを計画されておりました。
また、花の好きな方は、これからですとフジ、ツツジ、ヤマブキ、ウノハナ、ハナショウブ、アジサイ、ハス、スイレンなど四季おりおり、観賞するとこが出来ます。

(正面左側のふじ棚です。奥の池は外苑池)

(内苑の臨春閣です。江戸時代の紀州徳川家初代藩主のが和歌山・紀ノ川沿いに建てた数奇屋風書院造りの別荘、内部には絵師による障壁画の複製があります。)

(外苑の合掌造りの民家で、飛騨・白川郷に江戸時代後期に築造された建物を昭和35年に移築されたものです。唯一ここは内部を常時見学できるところです。)

(合掌造りの内部であります。建物の欄間も手の込んだ巧みそのものです。)

(猫のハイポーズその一

(ハイポーズその二)

(ハイホ-ズその三)

(竹の子の次世代を継ぐ新芽です。)
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根岸森林公園散策

2013-04-13 11:17:28 | 日記

(公園入口中から正面です)
今日は、午前中掃除やら夕飯の下ごしらえをして、午後から、2ヶ月振りに根岸森林公園へ行ってきました。1月下旬頃にはまだ梅の花が満開と云うところでありましたが、今やその梅の小枝に梅がたわわに実を付けていました。桜は、記念植樹された500本余りの大島桜や蝦夷桜などすでに散り、入れ替わりに八重桜が満開でありました。また、タンポポが日当たりの良い斜面に一面に咲いており、進学や新入社員の初々しい門出を思い起こしたところです。
 平日であったため、人影は疎らで、お子様連れの親子が目に付く外、気に入った風景をカンバス一杯にスケッチして、色付を楽しんでいる老若男女の姿もありました。
 この森林公園は、何でも慶応(西暦1867年)時代に日本初の洋式の競馬が行われた発祥の地だそうであります。現在は、観覧席を始めその一部が米軍に接取されて、モータプールやゴルフ場に利用していると米軍施設の門の看板に記載されていました。
 横浜市は、この場所を昭和47年から、中央競馬会と共同で競馬記念公苑として整備・着手し、同52年に開園されたものだそうであります。そのようなことから、ホニーの馬記念館も備わっております。
 森林公園となっていますが、公園の一部に池があり、錦鯉や亀が泳いでいます。私が行った時には、川鵜か海鵜か?分りませんが、遊びにきていましたが、チョット寒かった性か、亀の甲羅干しならぬ、水鳥に似合わぬ羽根をお日様に向けて乾かす珍しい写真をとる事ができました。
 一方、小連れのお母さん達は、子供に好きなことを目一杯チャレンジさせいるのを見て、子育の方法も色々とお母さん達が苦心している様子が伺えました。中でも感心したのは、3、4歳の男のお子様が、枯れ枝を集めて、その枝を組み合わせて門柱造っていたのに感心しました。それの門柱をバックに、お母さん達が、それぞれのお子様のお友達や兄弟と共に記念写真に納めていたのが、清々しく気持良く脳裏に残り、帰ってこれた公園散策でした。

(梅並木です)

(花が終わり実が一杯に付いています)

(八重桜が満開に咲いています。)

(タンホポが処せましと咲きみだれています。)

(鵜が羽根を乾かしている姿です)

(公園中央部です)

(公園西方面です)

(公園西方面です)

(公園東方面です)
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トマトの移植

2013-04-07 08:58:34 | 日記

(我が家が借りている家庭菜園です。今は、手前から、玉葱、長ネギ、ほうれん草、小松菜などです。)
今日は、3月15日に播種したトマト、ゴーヤ、の苗を移植することにしました。苗床は、市場からもらってきた発砲スチロールの箱に、土を入れて3階マンションのベランダに設置しているためか、結構風が強く当るため、ビニールシートを張って保護している性もあって、日当りが良く僅か半月でトマト、ゴーヤの移植の適期となりました。
移植は、芽が出て本葉が出てきたころに、第1回目の移植をして、野菜の種類により、2枚目の本葉、三枚目の本葉が出てくる敵期に、移植を2、3回繰り返すことにより、根がブツブツと切れ、その都度、新たに根が何本も生えてくるため、畑に定植した際に根の活着がよく、丈夫にスクスクと育ってくれます。
私が家庭菜園を始めてから、今年で早くも7年になってしまいました。5メートル四方程度面積ではありますが、そこに何を植えようか、何本植えるかなど結構悩みますが、これも楽しみの一つです。
今迄には、ジャガ芋、大根、ほうれん草、春菊、トマト、ブロッコリー、サトウ芋、玉葱、長ネギ、白菜、かぼちゃなど、四季折々季節に合ったものを播き付けてきました。
畑が狭くても連作をしないように気配りしていますが、残念ながら此れだけ狭いと、野菜と野菜が隣接して植え着けせざる得ないことから、結果的に連作状態になり、昨年秋には、植えた白菜が根コブセンチューとなり、生育が途中で止まり、萎縮し枯れてしまいました。
貸主の農業協同組合の指導者に聞いたところ、日本農薬KK製のフロンサイド製の粉剤を畑一面に散布しなさいと云われ、散布しています。しかし、今年の秋は、白菜の植え付けをパスすることにしています。
私の好物の白菜の漬物材料は、始めての年は苗作りが遅かったので、結球しませんでした。しかし、隣で上手に栽培している人に聞いたところ、8月中旬頃迄に播き付けをすれば結球すると伺い、それ以来お蔭様で毎年結球したものを収穫することが出来たのに、残念で仕方がありません。
地代は、年間3万数千円を払っているので、それなりの収穫が期待できる地力にする努力として、秋には、落ち葉を集めて、冬の間、畑の一部に60センチ程の深さの細長穴を掘り、油粕などを混ぜて埋め込み腐食程度を見ながら、月に2回程度反転して、堆肥を作ってきましたが、例の福島第一原発事故があり放射能をおそれて中止しています。
この農園は、農業協同組合が貸し出す市民農園となっていまが、貸し出しの条件として、災害があった場合は、臨時の避難場所とすることを確約させられております。このような条件でも200戸を超える市民が借りて思い思いの種類の野菜を作付けしています。
何も云わない野菜を相手に畑を耕し経験を積むに従って、野菜を観察していると病気や水枯れで悲鳴やアレコレ不服内容が、葉の色や背丈など症状を見ていると野菜が何を云っているかが、解ってきたような、今日この頃であります。

(3月に播いて発芽した野菜の苗、一番手前両脇はゴウヤです。次の奥はナス、一番奥がトマトです。)

(移植後のトマトです。)

(2日後の元気になったトマトです。)

(これが市民農園の一部です。小鳥が悪さをするので網で覆っています)
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三浦半島の桜鑑賞ドライブ

2013-04-02 10:51:59 | 日記

(国際村 民間研修施設のある山から下山半ばの位置)
今日は、天候も良いこともあって久しぶりに家族連れで「三浦半島の桜鑑賞ドライブ」と銘打って、車を思うがまゝに走らせることにしました。この半島は、神奈川県の南部中央から南へ30キロほど延び出した半島で、東海岸には、東京湾、西海岸には、相模湾が広がりお天気の良いときは、伊豆半島の山々を水平線上に眺められます。中央部には200メートル程の小高山々の峰々が連なり、鷹取山、武山などのハイキングコースそして、天園ハイキングコースが有名であります。これからの季節ハイキングは最高ですね。
今回は、海岸を巡ることにして、先ず逗子大森海岸の裕次郎灯台を眺め、葉山御用邸を横目に見ながら気が付いたら、秋谷のローソク岩まで来ていました。ここからの眺めは、ローソク岩を眼下に遠くには富士山が眺められます。残念ながらモヤで見られませんでした。
そこから、暫く走るとテーマパーク「それいゆの丘」はパスして、荒崎海岸に入るとゴツゴツとした岩のある海岸が眼に入り、岩には青々と岩のりが自生しておりました。
これまで、海岸道は何処までも、何処までも満開の桜が眼に飛び込み、海辺からは、潮風が車窓から忍び込んで来て、日ごろの鬱憤が癒されました。
走っていると大楠山が見えてきたので、頂上まで車で入りましたが、ハイキングコースとなっていますので、歩く方が良かったのかと反省しています。
頂上のほど近くに、気象庁の雨量計や電波灯台が立ち並んでいました。広場には、菜の花が一面に咲き誇っており、秋には、コスモスが咲くと紹介がありました。
山頂からの眺めは、満開の桜が一面に山々に点在し、奈良の吉野山・・・・・?今更の如く日本の春を再確認いたしました。
最後は、童謡作家の北原白秋の生誕の地である城ヶ島へ行き、碑や記念館を観て終了となりました。
ここまで来たからには、油壺の観潮荘の露天風呂に入らない手はないと話合い行ったところ、春休みと云うこともあり、日帰り組の家族や宿泊組など沢山のお客さんが入浴されていました。
この露天風呂の浴槽から、海辺に視線をやると本当に何とも云えない「俗に云う生き返った」気になれました。また、温泉が海に接近していることから塩分が微々量混じっているので、身体が引き締まるような気も致しました。
それから、この三浦は、マグロの水揚げ基地で、日本の三本の指に入る「三崎漁港」(「三崎漁港」焼津漁港、塩釜漁港)あることからか、当観潮荘のマグロの刺身は、何とも美味しく頂くことができました。
家路向うと東の空から、満月の真ん円のお月様がニコニコと微笑んでいるように見えお蔭様で、無事に8時過ぎ帰宅することが出来ました・
一度、足を運ばれては如何でしょう。交通機関は、京急電鉄とJRに加え、京急路線バスが網羅されております

(荒崎海岸 岩場を歩くと最高です)

(三浦の野菜栽培畑は、今 キャベツで一杯)

(秋谷海岸です ローソク岩その向こうに富士山が見えるはず)

(秋谷海岸)

(大楠山の菜の花)

(大楠山の椿花収め)

(国際村)

(北原白秋の碑)

(観潮荘食堂から)
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