写真師の「新カメラ日記」

JRP会員の橘が日々の出来事、撮影日記などを記録していきます。
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沖縄「本土復帰」の日に 写真は「山里の早苗田」

2012年05月15日 | 写真
  
  「沖縄を返せ」と歩んだ旧友(とも)からの「米基地返せ沖縄に」の賀状

括弧つきとはいえ沖縄返還運動の高まりの中で敗戦から27年後の40年前の今日、1972年5月15日にようやく沖縄の本土復帰がなりました。冒頭の31文字は旧友からの今年の年賀状を見て創ったものです。沖縄との往来に「ピザが必要」ということは無くなりましたが、相変わらず居座り続ける米軍と米兵の無法状態は日本政府公認(黙認)のものとして今に至っています。
今朝の赤旗コラム潮流は十数万人もの犠牲者を出した沖縄の組織的な地上戦が終了した1945年6月23日を「沖縄忌」という俳句の夏の季語として記憶しようとする10回目を迎える「沖縄忌俳句大会」を採り上げています。
じつは私の父方の叔父は中国戦線から沖縄へと転戦し首里にあった参謀本部の落ちる前日に爆雷を背負っての特攻に参加して帰らぬ人となっています。そういう言う意味でも私にとっては特別な地である沖縄が真の「復帰」を勝ち取るまでは私自身の立つ本土という場所でそのための努力を続けたいと思っています。
日本共産党の志位委員長は12日に開かれた全国革新懇総会の記念講演で沖縄の現状にも触れながら安保条約の廃棄により沖縄はもちろん日本が負っている基地の重圧からの解放される道筋を語っています。
安保条約を無くすことは条約の規定で通告するだけで一年後は廃棄されるのですから、手続き上は何も難しいことはなく必要なことは廃棄を目指す国民の多数派を形成することだと思います。私はこれからもそのための働きの一部を担いたいと思う「沖縄復帰」の日の朝です。
沖縄戦のことは6月23日で終わりということでなくて、その後の日々こそが沖縄住民に多大な犠牲を与えたことなどのことはまた別の機会に書いてみます。

話しは変わりますが、今日は病院でMRI検査と受診です。先日来の体調の問題がわかるといいんですが・・・。結果はまた明日のブログで報告します。
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