水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-14- 疲労感

2017年04月24日 00時00分00秒 | #小説

 流鏑馬(やぶさめ)は、なにげなく家を出た。ところが、困ったことにいつもは入っているはずのポケットに財布はなかった。ポカミスで、うっかり忘れたのである。停留所には他に待つ人もいる。大恥を掻くところだった。乗る前でよかった…と、流鏑馬は停留所から歩き始めた。目的の帽子の専門店までは、たかが歩いても十五分ばかりだ…と、流鏑馬は単純に思った。幸い、カード入れは持ってきた。あの店はカードが使えるから、買い物の支払いで困ることはない…と、直感で判断した流鏑馬は、勢いよく歩を早めた。ところが、世の中はそう甘くはない。帽子の専門店が遠くに見えたとき、おやっ? と流鏑馬は思った。いつもは見える人の姿がまったくないのだ。今日は木曜だったから、店は開いているはずだ…と流鏑馬は思った。だがやはり、人のいる気配は、まったくない。その訳は、店前に立ったとき、はっきりした。
━ 棚卸しのため、誠に勝手乍ら臨時休業とさせていただきます。当店の都合でございます。あくまでも当店の都合でございます。なにかと、ご不満もございましょうが、そこはそれ、曲げてご了承を賜りますよう、伏してお願い申し上げます。今後ともよろしくお願いを申し上げます  帽子の店 楠川 ━
 流鏑馬は、その貼り紙を見て、そこまで頭を下げなくても…と、店主の性格の律儀(りちぎ)さを見てとった。そんなことより流鏑馬にとっては、さて、これからどうするか? だった。諦(あきら)めて別の日に買いに来れば、造作(ぞうさ)もない話だった。別の日なら、カードは無論のこと、財布も持っているから、お足がない・・などという馬鹿な悩みは当然、起こらない。ところが、流鏑馬は、歩いた無駄を、ふと思った。せっかく歩いてきた時間と努力が消えて無駄になる・・と瞬間、思えたのだ。そうなれば、近くで帽子が買える場所・・と、なる。幸い、さらに歩いて10分ばかり行ったところにはショッピング・モールがあり、帽子も簡単に手に入る…と、流鏑馬は欲張って考えた。
 10分ばかり歩くと、間違いなくショッピング・モールはあった。だが、ここも人の気配は皆無だった。モールは、ぶっちぎりの休みの日だった。流鏑馬の確認する周到(しゅうとう)さも、そこまでは及んでいなかった。流鏑馬は家へ戻ることにした。困ったことに、身と心の疲労感だけが流鏑馬に残った。

                             完


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