水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

よくある・ユーモア短編集-19- 常識

2016年10月11日 00時00分00秒 | Weblog

 年が暮れようとしている歳末のある日、仲吉(なかよし)は呑気(のんき)に欠伸(あくび)をしていた。吉仲には、なぜ歳末になると世間の人々はバタバタと慌(あわ)ただしくするのか…という素朴な疑問が以前からあった。大晦日(おおみそか)の次の日は元日(がんじつ)だが、何が変わったのかが、どうしても理解できないのである。非常識にそんなことを思う自分は少し怪(おか)しいのかも知れないとは感じるが、感じるものは仕方がない。仲吉は今年こそっ! と意を決して、世間の常識と一線を画(かく)してみよう…という思いを実行することにした。
「ああ、いいお年をっ!」
 知人の一人が、別れ際(ぎわ)に仲吉へそう言った。ここぞ! とばかりに、仲吉はアクションを起こした。まず、言動である。
「ああ、どうも。お疲れが出ませんように…」
「…?」
 知人は妙な挨拶だな? という怪訝(けげん)な顔つきで軽く頭を下げ、去っていった。仲吉は、よしっ! これでいい…と瞬間、思った。仲吉は世間の常識に反論したのである。そして、年が明けた。
「おめでとう! 仲吉君!」
「あっ、どうも。お元気そうでなによりです…」
 正月早々、街頭でバッタリ会った笑顔の上司に、仲吉はそう挨拶した。上司は、君、大丈夫か? という顔で首を傾げながら笑顔を曇らせて歩き去った。仲吉は、よしよしっ! と効果を実感した。そして正月も過ぎ、1月も去ろうとした頃、仲吉は会社の誰もから眇(すが)めで見られたり無視されるようになった。それは、社員にとどまらず、上司も仲吉を避(さ)けた。
「な…いや、町森君! これ、コピーして、専務に渡しておいてくれ」
「はい!」
 町森はデスクを立つと課長席まで歩き、書類を受け取った。仲吉はそれを遠目に見ながら深い溜め息を吐いた。最初のうちはよかった仲吉だったが、効果がないことを知るうちに、少しずつ世間の厚(あつ)い柵(しがらみ)を感じるようになっていた。そしてこの日、仲吉はもう非常識はやめようと思った。そして今、また一年が暮れようとしていた。仲吉は、以前にも増して、すっかり常識人となってしまっていた。世間の荒波を実感し、常識に従うことは、一般社会では業種を問わず、よくある。

                    完

ジャンル:
小説
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