秋の風景 水本爽涼
(第二話) 吊るし柿
僕の家には、かなり古い柿の木がある。それは、僕が生まれるずっと以前から家にあると云うんだから、これはもう、大先輩と云わざるを得ない。腰のひとつも揉みほぐし、温泉にゆったり浸かって貰いたいくらいのものなのである。今年も、たわわに実を付け、採るのがもどかしいほどだった。母さん、じいちゃん、そして僕の三人で何度かに分けて収穫し、捌いていった。捌くといったって、せいぜい都会の親戚へ送ったり、或いは柿の木が無いご近所にお裾分けしたり、母さんが熟れた実を調理して柿ジャムにする程度なのだ。後は全て皮を剝き、吊るし柿にする。
「今年も嫌になるほど出来ましたね…」
我が家で柿に関しては唯一の部外者が顔を出し、柿の皮を剝くじいちゃんにひと言、吐いた。
「フン! いい気なもんだな。お前に手伝って貰おうとは云っとらん! なあ、正也」
流れ矢が分別する僕めがけて飛んできた。
「ん? うん…」
と、気のない返事で曖昧に暈し、僕はその流れ矢を一刀両断した。暈したところが技の妙で、どちらに肩入れするでもない風な言葉を発したのだ。僕にとって父さんは、給料を貰ってないまでも大事な社長だし、じいちゃんは会長の重責を担うから、どちらも捨て難い。
「これでいいんですね?」
「はい、それを持ってって下さい。熟れてますから…」
「美味しいジャムが出来そうですわ」
母さんが台所から柿を取りにやって来て、これで我が家のオール・キャストが一堂に会した。
「吊るして、どれくらいかかるの?」と、僕が訊くと、「ひと月もすりゃ食えるが、正月前には、もっと美味くなるぞ」と、じいちゃんは柿の実のように色艶がよい顔で云う。
「毎年、我が家の風物詩になりましたね」
部外者の父さんが口を挟む。
「ああ…、それはそうだな…」
珍しくじいちゃんは父さんに突っ込まず、穏やかな口調で答えた。
「吊るし柿は渋柿じゃなかったんですか?」
父さんが、いつもの茶々を淹れた。
「やかましい! 家(うち)のは、こうなんだっ!」
じいちゃんは、さも、これが我が家の家風だと云わんばかりに全否定した。よ~く考えれば、この二人の云い合いこそが我が家の家風なのである。
西日が窓ガラスから射し込んで、じいちゃんの頭を吊るし柿のように照らした。某メーカーの洗剤Xが放つ光沢にも似て、ピカッ! と光るその輝きは、並みのものとは思えなかった。
第二話 了