水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑えるユーモア短編集-85- 愚(おろ)かな話

2017年03月26日 00時00分00秒 | #小説

 滝山は小高い天上ヶ山をひと巡りするコースを辿(たど)ることにした。行楽の秋たけなわのシーズンである。入山近くの駅は、紅葉(こうよう)を愛(め)でる目的の観光客で、ごった返していた。滝山は、俺は紅葉目的じゃないんだからな…と無理に自分へ言い聞かせ、人を掻き分けながら山の登山口へと進んだ。ほとんどの人は観光客らしく、麓の紅葉(もみじ)の下で寛いでいて、山へ入ろうなどという者はいなかった。地図があるから、迷うことは、まずないだろう…と滝山は気楽な気分で登り始めた。あとから思えば、それが愚(おろ)かな話だった。生まれもって腹が弱い滝山は、その日は体調がよかったものだから、少し油断していたのである。登り始めた最初の小一時間は順調そのもので、行程のおおよそ3分の1は優(ゆう)に登っていた。これが、まず最初のいけなかった・・である。
『ははは…これなら昼までにひと巡りできるんじゃないか』
 そう滝山を思わせる順調さが仇(あだ)となった。滝山は、のんびりと休憩を取った。リュックの中に、いろいろ食料を入れておいたためか、重くはなかったが、結構、嵩張(かさば)っていた。丁度、買嵩減らしにもなるからな…と滝山はパクついた。これが第二のいけなかっただ。しばらくして歩き出したときは、まだよかった。山頂近くに来たとき、急に腹が痛くなり始めたのである。もう少しで山頂・・とうときだった。滝山の視線に頂上のケルン[山頂などに登山者が大小の石を積んで作る小高い塔]が見えたとき、その痛みは始まった。その痛みは、一歩また一歩と、頂上に近づくにつれ、大きくなっていった。そして、頂上に辿り着いたとき、ついに滝山の我慢の糸は切れ、ダダ漏れ状態となった。人の姿はなく、それがせめてもの救いだったが、着替えは持参していなかったから、下着は脱いで、そのままズボンを履くしかなかった。愚かな話である。
 そんなことで、滝山は作って楽しみにしていた昼の食事も少しだけ食べるに留め、下りを急いだ。これ以上、腹が下っては、笑い話では済まなくなる気がしたからだ。
 着替えは持って出るべきだった…と、帰りの電車に揺られながら滝山は思った。下着は山頂の地面に穴を掘って供養塚とし、小さなケルンとしたのである。ズボンだけが幸い汚(よご)れず助かり、人目のある電車の恥だけは掻かずに済んだが、愚かな話には違いなかった。滝山の愚かな話は、結局、汚いだけの話だった。

                             完


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