水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-48- 無駄

2017年05月28日 00時00分00秒 | #小説

 限られた時間しかない場合、無駄を省(はぶ)かないと間に合わないのは当然である。だが困ったことに、こんなときに限って出るのが気づかない無駄だ。
 初春の町役場である。
「もういいから、鼻下さんは帰っていいよっ!」
 財政課長の揉手(もみて)は『あなたがいては邪魔っ!!』と心では思ったが、そうとも言えず、遠まわしに暈(ぼか)した。鼻下は無駄が多い男として課内でも超有名で、課員達から煙(けむ)たがられていた。スピード化された昨今、鼻下のような間が抜けて無駄が多いレトロ感覚の男は、時代にそぐわなかったのである。
「それじゃ、お先に失礼します。冷えてきましたから、皆さんもお早めにお帰りくださいませ」
 なんとも無神経な言葉を最後に残し、鼻下は勤務を終えた。財政課は明日に迫った議会提出の予算書作成に徹夜の作業を余儀なくされていた。というのも、鼻下が間違った無駄なコピーのやり直し作業で、一からの作り直しを強(し)いられていたからである。課を出ていく鼻下の後ろ姿を見る課員達の目は、『お、お前のせいだぁ~~!』と言わんばかりの怨念(おんねん)に満ちた眼差(まなざ)しで溢(あふ)れていた。ところがどっこい、鼻下の間違いと思われたコピーが実は正解の予算額の数値で、再度、差し替えられた・・というのだから、人の世はなんとも奇妙で実に面白い。鼻下の無駄は無駄ではなかったのだ。コピーは捨てられず、鼻下のデスクの上に山積みされ残っていたのが不幸中の幸(さいわ)いだった。
 次の朝の財政課である。
「おはようございますっ!」
 何も知らない鼻下は、いつもと変わらない能天気な声で、ぎりぎりの時間に課へ入ってきた。
「やあ! 鼻下さん、おはよう!」「おはようございますっ!」
 まず課長の揉手が笑顔で返し、他の課員達も笑顔で続いた。困ったことに、世の中とは、そうしたものなのである。

                             


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする