困ったとき、思いもよらず必要な人や物、あるいは物事に出合い、コトが首尾よく運べそうになる場合・・人はそんな状況を ━ 渡りに舟 ━ という。
「羽衣(はごろも)さん! その後、どうですかな?」
「ははは…そう大したことはっ! たかだか、20億程度ですよ、天女(あまめ)さん」
「なにをおっしゃる。私のとこなど、数億が関の山です」
一流料亭、三保乃屋の松の間である。財界のお偉方、羽衣と天女が、出来上がったいい顔色で杯(さかずき)を傾けていた。徳利も空(から)になり、困った天女は手の平を叩(たた)いて追加しようとした。そのとき、渡りに舟と、二人の仲居を伴って入ってきたのは、三保乃屋の女将(おかみ)だった。
「いつも、ご贔屓(ひいき)になっております…」
女将が品(しな)を作り、挨拶をする。そのあと、二人の仲居は料理皿を出して羽衣と天女に酌(しゃく)をする。
「いやいやいや…こちらこそ、いつもお世話になっております」
美味(うま)い料理に舌鼓(したつづみ)を打ちながら一杯飲んでるだけなのに、お世話をかけているという言葉で羽衣は上品に肩すかす。
「いいえぇ~。まあ、おひとつ…」
女将が色っぽく二人に迫(せま)り、酌を仲居と変わる。するとそこへ、渡りに舟と綺麗どころが現れ、歌舞音曲(かぶおんぎょく)となる。そうこうして、ほどよく羽衣と天女が酩酊(めいてい)して困ったところで、渡りに舟のタクシーが、これもいつものようにやってくる。
「ああそう、来たの…」
二人は、タクシーの人となり、そのあと…は、読者のご想像にお任(まか)せしたい。^^
完