ふろむ京都山麓

京都の西山山麓から、気ままな雑話をお送りします。

伊藤若冲と石峰寺<若冲連載1>

2007-09-16 | Weblog
 深草伏見稲荷は、お稲荷さん、赤鳥居で有名な大社です。ここから南東に徒歩10分足らずのところに、黄檗宗の寺・石峰寺(せきほうじ)があります。
 この寺には、江戸時代の画家・伊藤若冲の墓があります。京都市上京区、御所のすぐ北にある相国寺にも若冲の墓があり、なぜ2箇所に?
 相国寺の墓は、「寿蔵」といって若冲生前に建てられたもの。本人の希望で、相国寺の学僧・大典に願って造られた生前墓です。大典は若冲の親友でした。
 若冲は晩年、60歳のころから亡くなる85歳まで、30年近い歳月を石峰寺のために全力をささげました。没後に葬られたのは石峰寺の墓地です。寛政12年(1800年)9月10日のことです。
 いまも若冲が全体を構想し指揮設計に当たった石造五百羅漢は見ごたえがあります。同寺の裏山を覆う石像群は、かつて千体をこえたといわれています。
 そしていまは取り壊されてもうないのですが、明治初年までは、若冲の尽力で完成した観音堂がありました。そして堂の天井には、おそらく168枚の花卉図が飾られていました。絵はその後、東山区の別の寺に移っていますが。
 なぜ若冲が晩年、石峰寺の門前に居を構え、全力でこの寺のために尽くしたのか? これまであまり考察されてこなかったようです。
 「京都から」連載では、このテーマも追っていこうと思っています。気ままにスタートです。
<2007年9月16日>  
 
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